<コラム>秘密結社とマニ教

瑠璃色ゆうり    2020年8月19日(水) 23時0分

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秘密結社と言えば、皆さまは何を思い浮かべるでしょうか。資料写真。

■中国の秘密結社

秘密結社と言えば、皆さまは何を思い浮かべるでしょうか。「イルミナティ」や「フリーメーソン」などでしたら、陰謀論がお好きなのかもしれません。「黄金の夜明け団」や「薔薇十字団」といった魔術系、「KKK(クー・クラックス・クラン)」や「カルボナリ」、「黒手組」といった反社会色が強いものなど、古今東西、多種多様な秘密結社が時代の陰に存在していました。

もちろん、フィクションの世界にも多くの秘密結社が存在しています。もし「紅花会」と思い浮かんだ人がいたら、金庸作品好きとしては金笛片手にサムズアップしてあげたくなりますわ。(紅花会の中では余魚同が好きなのよ)

この「紅花会」とは武侠小説『書剣恩給録』に出てくる「滅満興漢」を掲げた秘密結社(幇会)です。『書剣恩給録』は、「香港四大才子」や「中国武侠小説三剣客」のひとりと呼ばれた武侠小説の大家、金庸先生が初めて書いた長編武侠小説です。

紅花会の活躍は『書剣恩給録』の本を読もう!ドラマを観よう!ってことで、ここでは詳しく触れません。その代わり、「滅満興漢」や「扶清滅洋」を掲げた清代の秘密結社。その中に潜むものに触れたいと思います。

■“結社”と反乱

ところで“秘密結社”の“結社”とは何であるか、ご存知ですか?大辞林によると“結社”とは「共通の目的のために組織される継続的な団体」。つまり秘密結社とは、読んで字のごとく存在や活動内容を「秘密」にし、継続的な活動を行う団体ということになります。

ちなみに日本では「結社の自由」を憲法で保障しているので、法律上「秘密結社」は存在しえません。まあ「自由」なので、「秘密結社」と名乗るのも自由っちゃ自由なんですが…。

話を戻しますが、結社の中で、その存在を「秘密」にしなくてはならないのは、どういった理由だと思いますか?

端的に言ってしまうと、その結社が「体制に反する」団体のため、存在を公にしてしまうと活動ができなくなるためです。なので、「秘密結社」でフリーメーソンを想像してしまった方、この団体は存在を公にし、堂々と活動しているので、秘密結社ではありません。一般的に友愛結社と呼ばれるものになります。

さてこの秘密結社ですが、中国でも古くから存在していました。例えば後漢末に起こった黄巾の乱。三国志演義にも出てくるこの乱を起こした太平道は、宗教系の秘密結社に位置づけることができます。

また水滸伝に出てくる方臘の乱も、実際にあった反乱が基になっていますが、この乱の首謀者・方臘は、喫菜事魔という秘密結社の一員だったと言われています。当時(南宋)の詩人・陸游の『渭南文集』などから、その時代、江南で起こる民衆の反乱は喫菜事魔が中心になって起きているという認識があったことが解ります。

この「喫菜事魔」は、かつて明教と呼ばれ、西域から伝来した三夷教のひとつ「マニ教」の“なれの果て”です。そしてこの喫菜事魔の系譜は時の流れの中で脈々と受け継がれ、ついには清を揺るがす大事件を起こした、あの結社にも繋がっていくのです。

■消えた宗教

三夷教とは、胡人(ソグド人)経由で伝来し、唐の保護のもと、中国国内で信仰されていた三種類の宗教――けん教(けんは示偏に天/ゾロアスター教)、景教(ネストリウス派キリスト教)、明教(マニ教)のことです。

オリエント発祥の三夷教の中で、元祖と言ってもいい存在がゾロアスター教です。三夷教の中で最も古く、遅くとも紀元前6世紀には成立していました。そして21世紀の現在でも、インド・パキスタンを中心にその信仰は続いています。特にインド・パキスタンのゾロアスター教はパールシーと呼ばれており、インド人の移民に伴って世界各地に広まりました。QUEENのボーカル、フレディ・マーキュリーもこのパールシー出身でした。

キリスト教の一派である景教については、前回のコラムでも書いているので、ここでは、簡単に。景教はネストリウス派キリスト教が、中国国内で布教するに当たって“漢化”したものです。聖職者たちは“景”を姓とする名前を名乗り、仏典に倣った経典で布教をしました。この景教、今はもうすでに存在してはいませんが、大元であるネストリウス派は今も中東やアメリカを中心に信者が存在しています。

現在のネストリウス派は、いくつかの会派に分かれていますが、主流は「アッシリア東方教会」で、正教会の一派として存在しています。また面白いことに、アッシリア東方教会から袂を分かつ形で分派したカルデア教会は、19世紀にカトリックと合流しています。破門から実に1400年たっての復帰です。

この辺の経緯がとても興味深いのですが、今回のテーマとは関係ないので割愛。ただ、敵の敵は味方、的な考え方は嫌いじゃないです。

そしてこれら三夷教の中で、もっとも歴史が浅く、中国国内への伝播も一番遅かったのがマニ教です。さらに唯一、現存しておらず、今では“消えて”しまった宗教でもあります。ただし、“消えた”と言っても“無くなった”わけではないのですが。

消えたけれど存在し続けている――三夷教の中で最も特異な運命を辿った宗教、それがマニ教です。

■光の宗教

マニ教は3世紀、パルティア貴族の末裔といわれるマニ(マーニー・ハイイェー)を創始者としてペルシアで成立しました。(マーニー・ハイイェーという呼び方は、イエス・キリストという呼び名と同じようなもので、尊称になります)

教祖マニは自ら、イエス・キリストの後継者にして最後の預言者と名乗ってました。マニ教というと、ペルシアで成立していることで、ゾロアスター教の影響が濃いと思われている方が多いのですが、ベースにあるのはキリスト教系グノーシス思想です。

マニは幼い頃から父親に従って、エルカサイ派というグノーシス系の教団に属していました。そこから啓示を受けてマニ教を開きました。このことからマニ教は東方型グノーシスの代表的な宗教に分類されています。

マニ教の教えでは、マーニー・ハイイェーはイエス・キリストに続いて登場した預言者であり、最後の預言者であるとしています。

もちろん実際は最後の預言者ではなく、この後、ムハンマド(マホメット)が登場しイスラムの教えを説いておりますが…。

余談ではありますが、マニ教はイスラム教にも様々な影響を与えていてます。例えば、イスラムの断食(ラマダン)は、マニ教のベーマ祭がルーツであると言われています。

さて、マニ教の特徴をひと言で表すと「光」です。ベースがグノーシスですので、私たちは、本来いるべき世界とは違う世界にいる存在であるという考えが基本になっています。

マニ教の教えでは、私たちはもともと神のいる光の王国にいるべき存在でした。しかし天地創造の時、私たちの光の魂は闇の世界に取り残され、闇でできた肉体に閉じ込められてしまいました。

そう、人はある意味、呪われた存在なのです。

本来の居場所である光の王国は遠く隔てられています。そしてやがて来る終末の時になってやっと、叡智の世界の主(光のイエス)が信者たちを闇の世界から解放します。信者たちは、闇でできている肉体を脱ぎ捨て、光の魂となって神々の世界へ戻ることができるのです。

と、まあ、なんと言いますか、俗に言う「中二(厨二)病」っぽいというか、中二病の祖ともいえるべきものが、このマニ教ではないかとも思うのです。

世が世なら、マニはラノベ作家として大成していたかもしれません。何故なら、マニ教の経典は「全部」、「マニ自身」の手で書き著されているからなのです。

その結果、マニ教の教えは柔軟な自在性を持つことになります。マニは布教の先々でその土地の宗教を取り入れ、(ある意味突っ込みどころ満載な)壮大な叙事詩をもつ宗教を作り上げたのです。

マニ教やマニについては、興味深いことが多く、それこそ本一冊分になってしまうぐらい語りたいことがあるのですが、それはまたの機会に。

それでは中国に伝来して、光の宗教から地下組織に変わっていった流れをざっくりとお話ししましょう。

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