<北朝鮮労働党大会>金正恩政権、求心力高め「平和攻勢」に転換か?中国の圧力も影響=「改革開放」路線浸透―日韓の専門家5氏

八牧浩行    2016年5月7日(土) 5時0分

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36年ぶりの朝鮮労働党大会が平壌で始まった。金正恩第一書記体制の確立を国内外にアピールし、労働党の規約改正、党中央委員会の委員選挙などが行われる。写真は「敬愛する金正恩同志に従い、白頭の行軍の道を絶えず歩み続けよう」という意味のスローガン。

2016年5月6日、36年ぶりの朝鮮労働党大会が平壌で始まった。金正恩第一書記体制の確立を国内外にアピールし、労働党の規約改正、党中央委員会の委員選挙などが行われる見通し。北朝鮮の政治経済の実態と党大会後の展望について、韓国と日本の朝鮮半島専門家の見解を取材した。核開発とミサイル発射など挑発を繰り返す金正恩政権だが、「党大会成功」「対米勝利」を国民に喧伝し「求心力」を高めた同政権が、米国、韓国をにらむ形で「平和攻勢」に転換する可能性があるとの見方が浮上。経済専門家は、改革開放路線が着実に推進され、北朝鮮経済の内部に深く組み込まれつつあると分析している。

◆鄭成長・韓国世宗研究所統一戦略研究室長

一部の専門家は先入観に基づいて金正恩体制について脆弱性を指摘、恐怖政治が体制を不安定にすると分析するが、不安定さにつながるとは限らない。北朝鮮軍エリートたちの解任を「粛清」と同一視する見方があるが、長官クラスで粛清された2人は、解任後も他の職を得ており、より若い幹部たちは軍部内の他の要職に就いている。金正恩が「即興的」に軍事の人事を断行し、軍部掌握を粛清のみに依存しているというのは事実と大きく違う。

金正恩は党中心の統治を行うために、党と政権の人事は20〜30%にとどめ、軍は40%以上の大幅な交代を実施した。金正日時代に過度に肥大化し、高齢化した軍部の上層部を退役させ、世代交代を通じて若返りを図るもの。事なかれ主義に陥った勢力を遮断し、軍紀を引き締めており、既得権益をいかに剥奪するかがポイントとなる。

北朝鮮は韓国に比べ経済力はじめほとんどの分野で大きく劣っているが、核と長距離ミサイルの持続的な開発によって大量破壊兵器部門で優位に立ち、南北間の軍事力の差が拡大している。

金正恩の年齢だけを取り上げて、「未熟な指導者」と性急な判断を下し、軍部改革での部分的な動揺をもって「不安定」と論じるのは不適切である。金正恩は父親の金正日より緻密で、政治局会議など幹部たちを集めた会議を頻繁に開き、討論を経た後、決定することを好んでいる。北朝鮮軍を「戦える軍隊」に改革している金正恩を、韓国と日本の安全保障にとって、「一層脅威となる軍事指導者」と見なすべきだ。

2008年以降、韓国と米国は北朝鮮と取引交渉をせず、この間に同国は核開発を進め、韓半島の非核化は困難な情勢となっている。安保面で圧力をかけながら外交努力をまずすべきだが、将来、韓国が対抗策として、核兵器保有を迫られ、開発計画があることを宣言することも有効だ。韓国内世論調査では54%が「核保有」を支持している。

◆梁文秀・韓国北韓大学院大学教授

北朝鮮は「改革開放」を推進しており、「市場化」の結果、年間経済成長率は1%以上を確保。2〜3%に達するとの推計もある。国民の生活水準は明らかに向上している。中国のような水準まで改革開放を公開的な形で明示するのは現段階では期待できないが、静かな形で推進する「北朝鮮式の改革開放」が当分の間持続する可能性が大きい。

市場はもはや、北朝鮮の経済内部に深く組み込まれている。市場の構造を見ると、最も上部に国家機関の貿易会社が位置する。その下にトウジュ(富裕層)がいて、労働党、保安署など地域権力機関が続く。最も底辺にいるのは小売商と生産者だ。市場の発展は、生産より貿易など流通の発展に依存している。

◆姜英之・韓国東アジア総合研究所理事長

北朝鮮の相次ぐ核実験により、韓国が強く反発、南北関係はまたもや悪化し始めた。また昨年、労働党創建70周年記念大会への劉雲山共産党常務委員の訪朝を契機とした、中朝和解の兆しも雲散霧消することになり、米日など西側が主導する国連制裁の強化で北朝鮮は、ますます国際社会で孤立している。

北朝鮮にとって最大の懸案である米朝平和締結は、逆に遠のいた。北朝鮮への弱腰外交を批判されている米オバマ政権は大統領選挙を前に、対北融和政策を展開する余裕も実力もない。平和協定締結交渉は当分望めそうにない。

今後、北朝鮮がどういう行動に出るかは、予断を許さないが、無茶な軍事行動に出ることはないだろう。中国は大局的には東アジア戦略上、北朝鮮崩壊を望まず、北朝鮮擁護の政策は変わらないにしても、米国との「新しい大国関係」を進める上で、国際社会からの圧力は避けがたいものがある。これ以上中国のメンツをつぶし、北朝鮮が暴走すれば、思いきった経済封鎖を強行するとみられる。

北朝鮮は、国際社会の制裁レベルを見極めながら、再び対韓国融和策を持ち出し、中国との関係修復に全力を注ぐことになる。米国に対しても何らかの秋波を送らざるを得ないだろう。

◆平井久志・立命館大学客員教授

金正恩第一書記は「協調」と「挑発」を繰り返している。15年8月15日の「南北合意」以降から同年末までは協調路線だった。「権力の掌握」から「権力の安定」時期に移行し、挑発より対話・調整型に姿勢が転換したと見られた。中朝間の関係修復、南北対話姿勢、米国への平和協定提案などが目立った。

内政では、軍部隊や軍事演習の視察が減少し、民生部門の現地指導が増加した。金氏は平和的な環境の必要性を訪朝した劉雲山中国常務委員に対し「今、経済発展、国民生活の改善に努めており、それには平和で安定した外部環境が必要だ。朝鮮は引き続き南北関係の改善と朝鮮半島の安定した情勢の維持に努力していく」と説明している。

しかし、今年になって新年の辞で「大勢統一の否定」と「国際協調」の中断を打ち出し、核開発をアピールした。対中関係を犠牲にしてでも、挑発路線に変更した背景には、最高指導者の社会的求心力の低下がある。

もともと経済開発と核開発を同時に進める「並進路線」は不変だった。所有権は認めないが使用権を認める市場経済化の進展によりプラスの経済成長が続いている。市場経済化によって、政府の威光が国民に届かなくなっており、求心力を高めるためにも、核開発の推進を誇示している面がある。

では、米国に対する「勝利宣言」をアピールし、対米平和協定締結の提案をする可能性もある。党大会後に再び平和攻勢に転じ、6カ国協議再開や米朝対話を志向することも十分考えられる。

◆宮本悟・聖学院大学教授

北朝鮮の核弾頭ミサイルが地球の裏側の米国に到達するためには軽量化が必要だが、北朝鮮政府は大陸弾道ミサイルシステムの構築に着手。核弾頭はミサイルに積めるほどに小型化されている可能性がある。米国が日本や韓国を北朝鮮の攻撃から助けた場合、米本土が核ミサイル攻撃され、米国市民数十万人が犠牲になる危険があり、その場合、日米同盟は破たんする。日本政府が北朝鮮の「人工衛星発射」予告に対し、地上配備型地対空誘導弾「PAC3」部隊を配備し、北朝鮮のミサイルを迎撃する態勢をとったのは「日米同盟を守るためだ。 (八牧浩行

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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