<インタビュー「台湾とは何か」著者・野嶋剛(3/3)>蔡英文は実務能力抜群、TPPなど多国間協定加盟目指す―習政権の強硬姿勢、アジアが警戒

八牧浩行    2016年6月18日(土) 15時20分

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台湾情勢に詳しいジャーナリスト・野嶋剛氏(朝日新聞元台北支局長)がインタビューに応じた。蔡英文総統はWTO加盟を主導した実務派で、「交渉能力が高い」と評価。

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台湾情勢に詳しいジャーナリスト・野嶋剛氏(朝日新聞元台北支局長)がインタビューに応じた。蔡英文総統はWTO加盟を主導した実務派で、「交渉能力が高い」と評価。TPP(環太平洋連携協定)やRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、FTA(自由貿易協定)など多国間の枠組みに加わることで、国・地域の枠を乗り越えた発展を目指す、と指摘した上で、「産業の製造空間を広げていく路線は成功体験がある」と期待した。東アジアでかつて浮上したEU(欧州連合)型「東アジア共同体」構想について、「中国・習政権の強硬スタンスでは、当然摩擦が増え、日本や台湾だけでなく、東南アジアでも中国を警戒する国が増える」として、「共同体の夢は遠のいた」との認識を示した。(聞き手・Record China主筆八牧浩行

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――蔡英文についての評価と政権の行方についてどう見ていますか。蔡氏のロンドン留学時代(LSE)、私も同時期に同じ地域に住んでいたので、とても学究的な環境で真面目によく勉強したのではと、推測がつきます。

蔡英文は今まで台湾にいなかったタイプだと思います。従来台湾の指導者は価値観を語り理念を語るタイプの指導者が多かった。ところがそうしたことに彼女はあまり関心がない。自由主義的な考えは持っていますが、理想を実現するために中国とケンカすることはせずに、対話しながら事実上の独立状態を維持する一方、台湾内部の経済社会問題とかをどうやって解決するのかを優先して考えています。中国や米国と外交で渡り合うより、内政をきちんとやりたいと考えている。経済をはじめとする内政問題をやらない限りひたすら台湾は衰退していく一方だという危機感がある。彼女は本質的には学者であり、高級官僚であり、問題解決のためにはどうしたらいいかを常に考えています。

――WTO(世界貿易機関)加盟交渉では責任者としてジュネーブに乗り込み、実務面で実力を発揮しましたね。

非常に実務能力の高い人だと思います。これまでは台湾のリーダーはキャラクターがはっきりしていて、記者として原稿を書きやすい面白いタイプが多かったが、彼女は誰ともあてはまらない。常に静かで安定しており、波風立てないようにやっていこうという現実派だと思います。先の就任演説でも、中国が安心することを結構言っている。中華民国憲法のもとで向き合っていくとか、かなり譲歩しているようにも見えます。中国としても決して悪くない演説内容でした。

――中国が露骨な嫌がらせを出来ないよう配慮しているのでしょうか。

批判しにくい演説になっており、中国もやりにくいと思う。彼女を批判している中国のメディアは、「独身で結婚したことがないから極端な意見に走るのではないか」とか関係ないことを書きたてるぐらいしかできていません。「一つの中国」原則を受け入れなかったことへの中国の対抗措置も今のところ想定の範囲内です。

――隙がないのでしょうね?メルケルを尊敬していると言っていますね。

そうですね。最初首相になった時、メルケルは目立たなかったが、今はEUの顔になった。仕事ができるからです。彼女が目指しているのはメルケルのような仕事師的な政治家だと思います。

――経済発展に力を入れるようですが、成功するでしょうか?

TPP(環太平洋連携協定)とRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、FTA(自由貿易協定)など多国間の枠組みに加わることで、台湾経済の発展を目指していくでしょうね。国連に戻るのは不可能だが、経済的な枠組みなら入れる。実際APECとかWTOに入っている。彼女は過去のキャリアのなかでそうやって台湾経済の生存空間を広げていく路線の成功体験を持っています。

――僕の友達の大会社の社長連中は国や国境考えてういたら商売できませんよと言います。国とか国境を超越してガラガラポン見たいな時代になるとの期待もありますが?

対中関係は多少細くなるでしょう。民進党はどうしたって「一つの中国」原則は受け入れられないので。その分日本など周辺国が台湾を支えることも必要だと思う。

中国はそう簡単に変わらない。台湾と中国は今後10年、これ以上は近づかないと思います。今後は調整期に入っていく。民進党政権が少なくとも2期8年は続く可能性は高い。日本における自民党のような長期政権になるかもしれない。そうすると、国民党公明党レベルぐらいの規模の小党化してしまう。中台関係は壊れることはないが、緊張をはらみながら推移していくでしょう。台湾にとって価値観において日本や米国の仲間としてやっていくことが自然なので、日台、東南アジアとの関係強化を進めるでしょう。

日本が中国と向き合う上で、台湾は戦略的な材料となります。日台間の相互感情は極めていい。互いに7〜8割が好きと言っている国同士の関係がうまくいかないわけはありません。今、日中は国民の7〜8割が好感を持っていないのとは対照的です。日台関係は今後さらに良好になるのは間違いないところです。しかし、中国はイデオロギー的に日台の接近を嫌う。中台関係がいい時代には日台の接近を大目に見る余裕がありましたが、これから厳しいスタンスを取る可能性が出てくるでしょう。

――馬英九国民党政権が敗れた要因として経済目標を達成できなかったことを挙げる見方もあるが?

中台関係が劇的に改善され、貿易が拡大し、中国からの観光客も入ってきたが、GDPの成長率などは変わらなかった。対中接近が台湾にとって劇的な経済振興にはならなかった。となると過剰な期待を持つのも必要ない。台湾の人々も、そんな冷静な判断ができるようになったということも言えると思います。

――東アジア地域では領土問題が燻っています。尖閣海域では経済的に日中台が共同開発して経済発展を優先させるべきだとの見方がありますが、どう見ていますか。

中国が事実上平和的な台頭をあきらめたので難しいですね。習近平政権の強硬なスタンスでは、当然摩擦が増え、日本や台湾だけでなく、東南アジアでも中国を警戒する国が増える。アジアが一体になっていく夢は消えてはいませんが、遠のきました。EU型の東アジア共同体などが語られましたが、今の状況ではなかなか進められるものではありません。

――中国は米中戦略・経済対話を推進し、AIIB(アジアインフラ投資銀行)、シルクロード構想など対外的経済協力にも力を入れているようです。メルケル独首相も訪中してさらなる協力を働き掛けています。

中国が東アジアの強国として影響力を広げることはあり得ます。ただアジアや世界全体に拡大できるかどうかはわかりません。中国は中国で経済成長が鈍化し、都市部と地方との格差が広がりすぎるなど、まだまだ国内で未解決の課題が多く残っています。

習近平が提唱する「中華の復興」や「中国の夢」を力だけでアジアに築けるかと言えば実力はそこまではない。アメリカもまだ強いのでしばらく東アジアは一つにはならないでしょう。もちろん台頭する存在である中国が豊かになることは、貿易・投資など経済的なやり取りも増えるのでチャンスになる。そういう中で、周辺国は特に緊張をはらみながら中国とどう付き合うのか悩む時代が続くと思います。

その意味でも台湾の存在は大きい。我々が外から中国を見る上で、台湾は役に立つ存在だと思います。中国を一番近くで見ている人たちなのでその視点や知識は重要です。<完>

野嶋剛

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊に「台湾とは何か」(ちくま新書)と「故宮物語」(勉誠出版)。著書の多くが中国・台湾でも翻訳・刊行されており、現地でも高い評価を受けている。

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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