伝統の戦国時代絵巻を復活させた「人と馬の絆」、地震・津波・原発事故に負けず―井上こみち著『野馬追の少年、震災をこえて』

八牧浩行    2017年8月7日(月) 22時39分

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東日本大震災から6年4カ月。井上こみち著『野馬追の少年、震災をこえて』は、未曽有の大震災後に千年以上続く伝統行事「野馬追」を復活させた少年と馬との絆がテーマである。

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東日本大震災(2011年3月11日)は、伝統行事「野馬追」の開催地である福島県相馬地方も直撃。未曾有の地震、津波、原発事故に見舞われ、人も馬も街も甚大な被害を受けた。本書は「野馬追」復活にかけた少年・駿斗くんの数年にわたる成長を追ったノンフィクション。家族や隣人たちの温かい支援も感動的だ。

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「野馬追」は毎年7月の終わりに開催される馬の祭典。総大将の出陣式を皮切りに500余騎の騎馬武者が戦国時代絵巻を繰りひろげる。平将門の時代から千年以上の歴史があり、国の重要無形民俗文化財にも指定されている。

ところが放射能汚染に伴う避難指示により、育てていた家畜を残して、ふるさとを離れなければならない事態となった。2011年7月の伝統の馬の祭りは一部を残して中止に追い込まれた。

大震災時に小学校3年生だった駿斗くんの家は代々野馬追に関わり、祭と馬が人々の心や生活の支えであった。飼い主を失って餓死したり、助けられても、あばら骨が浮き出るほどにやせ細った馬たち…。震災のときは小学6年生だった少年が、被災馬を助ける手伝いや、野馬追復活までのさまざまな体験を経て、あたり前だと思っていた日常や馬への愛情、地域をひとつに結ぶ伝統行事の大切さに気づいていく。

近所の子どもを助けようと抱きかかえたまま速い津波の力にさからえず、2人とも流されてしまった人(乳飲み子の父親)の遺体を捜索した人から次の言葉を聞いて、駿斗くんは犠牲者への思いをあらたにした。「今、生きているものができることは、残された家族の気持ちに寄り添ってあげること。そして、亡くなった人のことを考えてあげること。わたしの力では限られたことしかできない。思っていることの半分もできない」。

 

人と動物の共生がテーマの物語を書いてきた著者井上こみち氏にとって、東日本大震災では、多くの動物も犠牲になっていることが、気がかりだった。「馬の話題が中心の取材だったが、大震災を境に生活が一変してしまった多くの人々の、復興を願う気持ちを痛いほど感じる時間ともなった」と記す。

駿斗くんは今、家族や周囲の愛情に支えられながら、目標に向かって歩き出した…。東日本大震災は、これまであたりまえと思っていた生活が、どれほど大切なのかを気づかせてくれた。自分のことだけを考えていればよかった駿斗くんを、他人や動物にやさしいまなざしを向け、救いの手をさしのべられる少年へと成長させていった。

あれから6年以上経ち、野馬追も見事復活。駿斗くんは甲冑騎馬武者として活躍している。復興のシンボルとして多くの観光客を集めている。

福島県の農業高校に進学した駿斗くんは体育大会の馬術競技『貸与馬障害飛越競技』で優勝した。野馬追の里の福島県ならではだ。しかも障害を飛び越えるとは「復興の象徴」のような競技である。駿斗くんは今、馬の専門医を目指して奮闘中だ。

井上こみち氏は、人と動物のふれあいを描いた童話を数多く手がけ、『海をわたった盲導犬ロディ』(理論社)で第1回日本動物児童文学賞優秀賞、『カンボジアに心の井戸を』(学習研究社)で第28回日本児童文芸家協会賞、『往診は馬にのって』(佼成出版社)で第6回福田清人賞を受賞。東日本大震災関連では『災害救助犬レイラ』(講談社)がある。(八牧浩行

<井上こみち著『野馬追いの少年、震災をこえて』(PHP研究所、1400円=税別)>

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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