八牧浩行 2017年7月7日(金) 5時20分
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在宅医療支援システムを推進している医療法人「アスムス」の太田秀樹理事長が日本記者クラブで会見。団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」を乗り越えるために、在宅医療を推進し、“在宅看取り率”を引き上げるよう訴えた。
2017年7月5日、在宅医療支援システムを推進している医療法人「アスムス」(栃木県小山市)の太田秀樹理事長が日本記者クラブで会見。団塊世代が75歳以上になる「2025年問題」を乗り越えるために、在宅医療を推進し、「なじみの土地でなじみの人間関係の中で人生の終焉を迎えられるようにすることが重要だ」と、“在宅看取り率”を引き上げるよう訴えた。発言要旨は次の通り。
団塊世代が75歳以上になる2025年問題を乗り越えるために、厚生労働省は、高齢社会に応じた医療や介護の仕組みを整えようと、市区町村が主体となる地域包括ケアシステムの整備を推進している。住み慣れた地域で最期をどう迎えるのか、高齢者だけでなく、その子どもたちの世代にとっても重要な課題と言える。
◆地域包括ケアシステム推進を
地域包括ケアシステムとは、今後のヘルスケアシステムの新たな枠組みになる。「年取ったら住み慣れた地域で暮らせるようにする」ということであり、なじみの土地でなじみの人間関係の中で人生の終焉を迎えるということだ。
人生の終焉には、法的な死と生物学的な死があるが、いずれにしろ医師が関係しないと死ねない。医療のかかわりはどうしても必要になる。尊厳ある生がなければ尊厳死は存在しない。お年寄りは本当に尊厳ある生活をしているのか。「ぴんぴんころり」と死ねるのは10人に1人ぐらいで、特に男性に多い。女性は寝たきりになっても長生きできる。人生の終末期では、性差が大きい。
昔は、死にそうになったら病院に行って徹底的に治療をした。その結果、3カ月でも長く生きたら医学に対してありがたいと思った。命を閉じるときに、しっかり治療をして最善を尽くして死んだと言うことが幸せなことだと感じた。
しかし、医学は技術として大きく進歩した。食べられなくても息ができなくても患者は生きられる時代。私が医学部に入学した昭和40年代は、医学の進歩の象徴のような意味合いとして語られていたことが、40年経ったいま、ただ生きていて意味があるのかとみんなが議論するようになった。手足をしばられ、チューブで栄養を送られ、笑顔もなく、楽しみもなく、人との関係性もなく、生きていて意味があるのかと、国民の側から疑問視するようになってきた。
◆変わる終末期医療
医師も、延命だけを目的とした治療が医学として正しいのかと言い出すようになった。終末期医療の姿も大きく変わる。死を認めざるを得ないことが共有されつつある時代になった。
少子高齢化が進行し、病院に行けば、患者の多くが高齢者で占められる。私が医学部に入学した昭和40年代は、高齢化率がまだ5%とかいう時代だったが、今は高齢化の割合が4人に1人になった。若年人口が減少、若い人はあまり病気にならないので、疾病の概念が変わった。専門的にいえば、高齢者の虚弱を意味する「フレイル」とか、年齢とともに全身の筋力が低下していく「サルコペニア」といった疾病概念だ。日本老年医学会が、フレイルの概念を明確化した。要介護状態になる前段階の状態で、要介護にならずに済むための適切な医療介入について研究している。
研究が進むと、体のフレイルの前に、心のフレイルがあるということが分かってきた。例えば息子の死や友達の死など喪失体験の連続により憂鬱(ゆううつ)になる。やがて食欲が低下して食が細り、弱くなっていく。どういう医療が必要なのか、提供された医療の妥当性を考えるのは医者だが、社会にフィットした医療をどうやって提供するかは医療行政の問題だ。
高度経済成長時代に移住してきた人が多い東京近郊の地域は、今後、急速に高齢化する。これを乗り切る手段の一つは、終末期医療の考え方を変えていくことだと思う。例えば、高齢で口から食べられなくなって衰弱した人に、どこまで人工栄養を使って治療をしていくのか。排泄介護にもかかわる問題で、終末期医療の変化に社会が合意すれば劇的に介護が変わると思う。
◆尊厳ある死を迎えるために
在宅看取り率は、自宅と老人ホームなど施設を含めても全国平均20%程度で、後は病院で最期を迎える。一方、6割近い人が自宅で最期を全うしたいという希望を持っているという。医師会と市ががっちり取り組めば在宅看取り率を上げるのは可能だ。
私は、自宅で死ななくてもいいと思う。将来、独居になる高齢者が増えるので、自宅で最期を迎えることが無理になる場合もでてくる。グループホームでも老人ホームでもいい。大事なのは、尊厳のある生活が守れるかという点。尊厳的な生活の中で看取られることが大切で、施設のケアの在り方も重要だ。終末期医療に対する国民の期待が変われば変革できる。
生産年齢人口の減少のため、若い世代に医療や介護を手厚く援助してもらうことは困難だ。現在の日本社会は、わずか3人が1人の高齢者を支えている騎馬戦型社会である。
加齢により生物学的な個体差はますます顕在化し、85歳を超えてもなお自立した暮らしができる人がいる一方、70歳でも介護サービスを必要とする人がいる。すでに65歳で命を落とす人もいる。世代間で解決するいわゆる「互助機能」についても真剣に模索すべきで、仮に認知症になっても、徘徊が散歩に変わる地域であれば、安心して暮らし続けることができる。市民が現状を正しく理解し、地域の文化を変えるぐらいの気概をもって取り組まねばならない。
市区町村といった基礎自治体は、公益性、公共性の高い団体として信頼が厚いので、地域の社会資源をつなぐ役割を果たすことが大切だ。さらに介護事業者は社会問題を解決する民間企業であるという自覚を持つことが重要である。(八牧浩行)
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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