<コラム>中国で親しまれる神話、太古の日本とつながる可能性も

瑠璃色ゆうり    2017年9月14日(木) 22時10分

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中秋の名月といえば、ススキにお団子が定番の日本の月見。このお月見の風習は、平安時代に唐から伝わったと言われています。写真は月餅。

中秋の名月といえば、ススキにお団子が定番の日本の月見。このお月見の風習は、平安時代に唐から伝わったと言われています。

その元祖・中国では中秋の名月を中秋節と呼んでいます。中秋節といえば月餅。中秋が近づくと親類や友人たちに月餅を贈答する習慣があるため、中秋節後は余った月餅の処理も大変なのだそうです。

さらにこの月餅、油分たっぷり、糖分たっぷりの高カロリー・高コレステロールな食品であるために、中国では胆嚢炎、胆石、高血圧、高脂血症、虚血性心疾患、十二指腸炎、胃炎、糖尿病などを患っている人や、乳幼児・高齢者は「食べるな」と警告しています。なかなかデンジャラスなお菓子です(月餅の名誉のために、実際は菓子パンの方が高カロリー・高コレステロールの危険度が高いと補足しておきましょう)。

そしてもう一つ、中秋節といえば「嫦娥奔月(じょうがほんげつ)」。中秋節に飾られる綺麗な女性が月へ向かって行く姿を描いた絵が、この嫦娥奔月です。この嫦娥奔月には、次のような物語が伝えられています。

嫦娥(じょうが)はもともと不老不死の仙女でした。しかしあるとき、夫であるゲイが帝舜の不興を買ったため、夫と共に天界から地上に落とされ、いずれは老いて死ぬ身となりました。しかし夫のゲイは西王母から不老不死の薬を貰い受けます。西王母は崑崙玄圃にある宮殿に住み、全ての女仙のトップに立つ大変偉いお方です。西遊記の冒頭部分にも登場しますので、日本人にもなじみ深い神様でしょう。

その偉い方からいただいた大切な薬を、嫦娥は夫から盗んで飲んでしまいます。「夫の物は妻の物。妻の物は妻の物」というジャイアニズム的な考えは当然通用しません。彼女は、月にある「広寒宮」へと逃げていきます。その逃げていく姿を描いたのが「嫦娥奔月」です。

たどり着いた広寒宮にて、彼女は不老不死となりますが、薬を盗んだ罰により蟾蜍(ヒキガエル)の姿に変えられてしまいます。月に浮かぶ模様がヒキガエルに見えるのは、薬を盗んだ嫦娥の姿なのです。

そして言い伝えでは、彼女の夫・ゲイが彼女をしのんで月に供えたのが「月餅」なのだそうです。ゲイは古代中国神話における英雄の1人です。ギリシア神話のヘラクレスのように、数々の偉業を成し遂げた物語が残っています。その中に太陽を射落とした話があります。

その昔、太陽は10人の兄弟で、1人ずつ日替わりで空に昇っていました。三皇五帝の1人である帝堯が地上を統べていた時代、その10人の太陽が一度に昇ってしまうという事件が起こりました。そこでゲイは帝堯の命を受け、10個のうち9個の太陽を射落として地上を救いました。

この文句の付けようのない英雄譚は、その太陽が同じく三皇五帝の1人である帝舜の子どもであったため悲劇に変わります。帝舜(当時は禅譲後ですので、いわゆる大御所的な立場)は子供を殺したゲイを疎んじるようになります。その結果、不老不死の身から、やがて老いて死んでいく一般人に“左遷”されたのです。

さらに西王母からせっかく貰った霊薬も愛妻に奪われたあげく、遙か遠い月へと逃げられたわけですから、弱り目に祟り目とはよく言ったものです。間違いなく悲劇の英雄と言っていいでしょう。それでも、自分を裏切った妻をしのんで月餅を捧げたゲイ。それは男気なのか、いえ、もしかして醜いヒキガエルになった妻に、高カロリー・高コレステロールの菓子を与えてさらに……なのか。

ゲイについて考えるのもなかなか面白いのですが、話を嫦娥に戻しましょう。実はもともと、ゲイと嫦娥はそれぞれ別の話であったと考えられます。最も古い「嫦娥奔月」の話は、前漢の時代に編纂された「淮南子(えなんじ)」の中にあります。そこには2人が夫婦であるとは書かれていません。後漢の高誘が淮南子に施した注釈で初めて2人が夫婦であると書かれています。

恐らく、嫦娥の話は漢民族とは違う民族の神話であり、それが漢民族に取り入れられて嫦娥奔月となったのではないでしょうか。そう考えられる鍵は「ヒキガエル」にあります。そしてそれは、太古の日本の、今は失われた縄文人の神話に繋がっていく可能性もあるのです。

月に浮かぶ陰影が何に見えるかは、地域や時代によって異なります。女性の顔だったり、老人だったり、カニだったりとさまざまです。日本ではウサギが一般的ですが、中国でも「玉兎」という言葉があるように古来よりウサギと見ていました。

一方のヒキガエルですが、月の模様をヒキガエルに見立てる話は中国以外にはほとんどみられません。中国以外に月とヒキガエルの神話を持つ数少ない例が、北米先住民(ネイティブアメリカン)の神話です。アチナ、ヒダーツァ、クロー、アラバホなどロッキー山脈と五大湖の中間にある平野部に住んでいた先住民たちが語り伝えてきた神話の中に、月に張り付いたヒキガエルの物語があります。部族によって違いはありますが、ヒキガエルは妻で、夫もしくは夫の兄弟である「月」の嫌がらせに腹を立て、最後は月に張りついて二度と離れなくなります。

神話学者の吉田敦彦氏は、この月に張りつくカエルの神話は縄文時代の日本にもあったのではないかと考えています。縄文の神話は、彼らが作りだした特殊な土器の中からその痕跡を見出すことができるといいます。その一つが、有孔鍔付(ゆうこうつばつき)土器です。

有孔鍔付土器は、縄文土器の中でも特殊な使われ方をしたと考えられています。用途としては酒造器や貯蔵容器、太鼓など諸説あるのですが、まだはっきりとした結論は出ていません。

この有孔鍔付土器は、さまざまな文様で飾り付けられています。その文様の中に、カエルや半人半蛙を模した物が少なからずあるそうです。そのカエルこそ、北米先住民が語るような月とヒキガエルの物語を模した物ではないかと研究されています。

そして神話学では、以前より北米先住民神話と日本神話には関連性があると指摘されていました。例えば、先ほど紹介した北米先住民の神話では、月は太陽と兄弟です。そして日本神話も同じように、太陽神である天照大神と月神である月読命は「きょうだい」です(月読命の性別は記紀でははっきりと書かれていないため、ここではあえて平仮名で書いています。一般的な認識されている「男神」であれば、北米先住民の神話との共通点がさらに増えますが…)。

中国→北米→日本とかなり遠回りしていますが、「月とヒキガエルの神話」は遙か昔、中国大陸から日本や北米へ渡った民が語り継いでいた、とても古い神話だと考えられないでしょうか?(※ドイツの研究によると、アメリカ先住民の祖先は遺伝学的に古代中国にいた人たちになるそうです)。

そして縄文と中国をつなぐ鍵として、河姆渡(かぼと)文化があります。河姆渡文化は中国の新石器文化の一つで、紀元前5000年頃から紀元前4500年頃、杭州湾南岸から舟山群島にかけて栄えました。そして数々の出土遺物から、日本の縄文文化とのつながりが指摘されています。この河姆渡の人々が持っていた神話が、嫦娥奔月の原型になったのかもしれません。

嫦娥の物語が一番初めに認められる淮南子は、淮南(わいなん)王劉安が編纂させたものです。この淮南は今の安徽省にあり、杭州湾からそう遠くもありません。編纂時、その土地に残されていた古い物語が入り込んだと考えるのは荒唐無稽でしょうか。

月の中にいるヒキガエルの物語。もしかして、もしかすると、「嫦娥奔月」の中には遠い昔の、今となっては知るすべもない縄文の人たちの物語が残っているかもしれない。そんなことを考えながら月の中にヒキガエルの姿を探してみると、いつもとはひと味違うお月見ができるかもしれません。月餅を食べながら、ゲイは何を思って月にいる妻にそれを供えたのか考えてみるのも、それはそれで面白そうですが。

■筆者プロフィール:瑠璃色ゆうり

東京出身。立正大学文学部史学科卒(東洋史専攻)。ライターとしての活動は2006年から。平行してカルチャースクールスタッフや広告代理店で広告営業なども経験。2017年よりライターのみの活動に絞る。現在は美容やファッションからビジネス関係まで、幅広いジャンルで記事を制作している。張紀中版射雕英雄伝と天竜八部を観て修慶(シウ・キン)のファンになり、修慶迷として武侠ドラマファンの間では知る人ぞ知る存在に。現在は趣味にて小説も執筆中。

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