バーで「Hey You Chinese?」と声をかけて来たエジプト人男性に「No!Japanese!」と返し、峰を勧めてみた。お礼にエジプトのたばこを勧められた。火を借りて吸うと独特な香りのあとにがつん、と肺に重しが2つ乗ったようなダメージが来た。思わずカウンターに突っ伏し呻くぼくの背中を「ハハハ」と笑いながら彼は陽気にばしばしと叩く。一気に空気は緩み、中学校レベルのでたらめな英語を駆使し愉快に会話を交わしながらバーを見ると、エジプト人たちは実に気ままに過ごしている。ブルートゥースのスピーカーとスマホを繋ぎ、洋楽を大音量で流す者。大きなおなかをゆらせて、リズムのずれたとぼけた踊りを踊る者。部屋からマイ水タバコを持ち込む者までいる。ぼくには硬い表情を見せる北朝鮮の女性接待員も、常連の彼らと流暢な英語でくだらない冗談かわしている。
「Hey!Are you Muslim,aren’t you?」。はっはっはと笑い声が響いた。ある者は「I’m a bad Muslim」と開き直り、ある者は「This is not alcohol,but beer」ととぼけた。さて先日、過去何度か数カ月単位の平壌駐在経験がある年下の在日朝鮮人男性と、都内の居酒屋で久しぶりに話し込んだ。初めて会ったころはコップ1杯のビールで顔を真っ赤にしていた彼も、逞しくその日数本目のジョッキをぐいと空けた。平壌駐在中にビールに目覚めたという。「大同江ビールは美味しいですし、平壌の夜はやることないですからねぇ」と苦笑いしていた。
そういえば、とバー銀河水でのエジプト人の狼藉ぶりを話すと彼は考え込んだ。「もしかすると『This is not alcohol〜』のくだり、ウリナラの人が教えたかも知れない」。ウリナラとはわが国の意味。在日朝鮮人が祖国について話す時に使う表現だ。
「ウリナラの人、ビールのことアルコールって思っていない気がするのですよ。街にある『清涼飲料』と看板を掲げた売店で普通にビールを売っていたり、これから運転だっていうのに平気でジョッキを空ける運転手さんもいたな。午後から会議だというのにランチビールなんてことも普通だったし…」。もしかしてエジプト人の友人が繰り出した「This is not〜」という詭弁はそんな朝鮮人の姿を見たか、朝鮮人に伝えられたものではないか。それが免罪符のように使われていると想像すると何だかおかしい。
1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。
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