東アジア今日は何の日:9月24日~北京市内で人民大会堂が完成(1959年)

如月隼人    2019年9月24日(火) 9時30分

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北京市中心部で1959年9月24日、人民大会堂が完成した。巨大な建造物でありながら、施工期間は約11カ月と極めて短かった。写真は人民大会堂。

北京市中心部で1959年9月24日、人民大会堂が完成した。中国を代表する巨大建造物でありながら、施工期間は約11カ月と極めて短かった。

北京市内に大議事堂を建設することが必要という意見が出始めたのは1956年だったという。58年8月には、巨大議場である「万人大会堂」を含む議事堂の建設が決定された。しかも1959年10月の中華人民共和国建国10周年までに完成するという極めて厳しい「納期」が決定された。人民大会堂の基礎工事開始は1958年10月28日だった。

58年9月には北京市規劃局(計画局)が、大議事堂の場所を天安門広場の北より西側に隣接する場所と定めた。市規劃局は同時に、建国10周年に向けての「北京十大建築」プロジェクトを定めた。大議事堂以外には、中国革命歴史博物館、中国人民革命軍事博物館、全国農業展覧館、北京火車站(北京駅)、北京工人体育場、民族文化宮、民族飯店、釣魚台国賓館を建設することが決まった。

大議事堂内の中核施設である議場「万人大会堂」は奥行き(東西)60メートル、幅(南北)76メートルだ。毎年3月に開催される全国人民代表大会(総会)に出席する代表(議員)は約3000人だが、「万人大会堂」は全員を十分に収容できる大きさだ。

なお、「万人大会堂」には檀上から「客席」に向けての強力な照明装置がある。出席者の様子を撮影して報じるためのものだ。

「万人大会堂」の北側の宴会場は、東西102メートル、南北76メートルで、面積ならば「万人大会堂」よりもさらに大きい。宴会ならば5000人を、立食形式のパーティーならば1万人を収容できるとされる。

「万人大会堂」の南側は「弁公大楼(事務棟)」とされている。事務棟には中国の省クラス行政区(中央直轄市、省、民族自治区)と香港、マカオ(台湾も省としての扱い)に振り当てられた33の会議室がある。当時は香港やマカオの返還も日程に上がっておらず、「将来の中国全国の統一」に備えて会議室を用意した。「弁公大楼」には、外国からの要人との会談や、記者会見を行うための部屋も用意されている。

人民大会堂建設の「ヒーロー」の一人とされる人物が、後に共産党中央政治局常務委員なども務めた李瑞環だ。李瑞環は天津市の出身で、家が貧しいために木造建築の建築作業員になった。「北京十大建築」では、主に人民大会堂の建設に従事した。

李瑞環の立場は「一般労働者」だったが傑出した働きが認められ、1965年には「幹部」に抜擢された後は、政治の道を歩むことになる。建設作業員だった期間は15年間だったが、多くの技術革新を手掛けたことで知られている。中国ではそれまで、建築作業の工程管理が「おおまか」なものにすぎなかったが、李瑞環は簡便で実用的な工程管理の方法を工夫したという。人民大会堂の建設でも、工程や人員管理の能力が発揮されたと考えてよいだろう。

李瑞環は自分が「無学」であることに負い目は感じず、後年になっても「オレは大工だった。だから人民大会堂も作れたんだ」と言うなど、現場の「たたき上げ」であることをむしろ誇っている。

北京市に建設中の「大議事堂」については、完成目前の1959年9月9日に毛沢東が現場を視察した際に、北京市の万里副市長が「正式名称が決まっていない」と一考を求めた。その場で簡単な議論をした後に、毛沢東が「人民大会堂」の名称を最終決定したという。

【1959年のその他の出来事】

・キューバ革命で反米政権が発足(1月)

・南極・昭和基地に置き去りにされたタロとジロの生存確認(1月)

・フジテレビジョン、毎日放送テレビ、九州朝日放送テレビが放送開始(3月)

・「週刊少年マガジン」、「週刊少年サンデー」が創刊(3月)

・「週刊文春」が創刊(4月)

・皇太子明仁親王(当時)と正田美智子さんがご成婚(4月)

・シンガポールが独立(6月)

・米軍那覇サイトで核ミサイルの誤射事故(6月)

・巨人-阪神展覧試合、巨人の長嶋選手がサヨナラ本塁打(6月)

・日産自動車が「ブルーバード」発売(8月)

・ハワイが米国50番目の州に(8月)

・ソ連のルナ2号が月に激突、初めて月に到達した人工物に(9月)

・伊勢湾台風で過去最大の被害、死者5041人(9月)

・日本楽器製造(ヤマハ)がエレクトーン発売(12月)

・在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業が始まる(12月)

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。

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