<中村哲医師の“遺言”>日本は「西洋対イスラム教」の対立に呑まれるな―憲法9条改正や自衛隊派遣にノー

Record China    2019年12月31日(火) 5時0分

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アフガニスタンで貧者、弱者のための医療や開拓・民生支援の活動を続けてきた中村哲・ペシャワール会現地代表が12月4日、凶弾に倒れ、深い悲しみが広がった。中村氏は“遺言”とも言える多くの言葉を残した。

アフガニスタンで30年以上にわたり貧者、弱者のための医療や開拓・民生支援の活動を続けてきた中村哲・ペシャワール会現地代表が2019年12月4日、凶弾に倒れ、深い悲しみが広がった。中村氏は“遺言”とも言える多くの言葉を残した。現地の住民の立場に立ち、その文化や価値観を尊重することが大切だと訴え、日本は「西洋対イスラム教」の対立に呑まれるな」と力説。「憲法9条改正」や「自衛隊の海外派遣」にノーを突き付けていた。

◆干ばつと戦乱で村が消えた

3年前に日本記者クラブで会見した際の発言は「魂の叫び」の迫力があった。そのさわりを再現する。

アフガニスタンは日本にとって最もなじみの薄い世界。中国を飛び越えて西へ6000キロ。標高6000メートル以上のヒンズークシ山脈に覆われている。人口は約2000万人で、自給自足の農業で暮らしている。降雨量は日本の20分の1。山脈の雪が少しずつ解け命をつないできた。かつて100%近い食料自給率を誇る農業国だったが、現在は壊滅状態になっている。

中央集権とは対極の緩やかな首長制で、近代国家とは程遠い。山が高く谷が深い。民族の十字路と言われるほどの多民族国家で、欧米、日本、中国、韓国のような近代国家ではない。警察組織も全土を把握しておらず、日本の戦国時代に似ている。

国家の代わりになるのがイスラム共同体。国民の100%近くが敬虔なイスラム教徒で、法治国家の体制がない中で、もめごとはモスクで話し合われる。貧富の差がはなはだしく、金持ちは海外で高額治療を受けられるが、99%の人が数十円程度のお金がなくて死んでいく。

アフガン戦争の真っただ中に、ソ連軍や米欧軍が侵攻した。戦死者は200万人に上り、600万人が難民になった。ありとあらゆる感染症が蔓延した。診療所を積極的に開設し、あらゆる治療をするようにした。片道1週間かかる高地から来る患者も多く、途中で息絶える子どももいた。

1998年ごろ、ゲリラグループが対立し、内戦状態になった。私たちは患者をほったらかして、逃げるわけにはいかない。タリバン政権が誕生した後、2000年に世紀の大干ばつに見舞われた。1200万人が被害を受け、うち400万人が飢餓状態で、100万人が餓死寸前だった。次々に村が消えた。水がなく食べ物も取れない子どもが栄養失調で死んでいった。薬では飢えや乾きは直せない。

2001年9月11日、ニューヨーク同時多発テロが発生。翌日から米軍による報復爆撃が始まった。空爆でテロリストを掃討することは難しい。タリバン政権と言っても、普通の市民は普通に暮らしていた。

◆米、「ピンポイント攻撃」と虚言

世界の大勢は米国の空爆を支持したが、私たちは反対し、空爆下で食料を配った。米国はじめ世界中がヒステリック(感情的)になり、テレビの解説者は野球サッカーのゲームを見るように評論した。米国は人道的な「ピンポイント攻撃」なのでテロリストだけを攻撃すると言っていたが、実際は無差別爆撃だった。真っ先に子どもや女性、老人が犠牲になった。食糧を必要な人に配給できるか迷ったが、ボランティアが頑張ってくれた。

米軍の進軍とともにケシが栽培され、アフガンは不名誉な麻薬大国になった。生活に困窮した女性が外国人相手に売春し、権力者に取り入る人間が得をするようになった。生活に困れば、米軍や反政府勢力の傭兵になる。

豊かだった村が数年で砂漠化したので、2003年に緑の大地計画をスタートさせ、用水路をつくった。最初は電気も機械もないので一般的な機器は使えず、ツルハシとシャベルだけの手作業だった。

2010年に完成した用水路は約1万6000ヘクタールを潤し、約60万人の生活を支える。急流河川なので農業は集約的で日本に近い。日本で完成した技術が役に立つ。

すべて武力だけでは解決しない。人々が和解し人と自然がいかに折り合っていくのかが今後の課題となる。現地住民の立場に立ち、現地の文化や価値観を尊重することが大切だ。

治安の問題は国によって違う。日本人はイスラム教とかかわりがないという先入観で動くリスクが大きい。日本だけは西洋対イスラム教という対立の構図の中に呑みこまれないでほしい。個人ではどうしようもないことだが、国家が配慮することが重要だ。

◆自衛隊派遣は有害無益

 このほか中村医師の訴えは今後に生かすべきものばかり。

「現地の人々が望んでいるのは、治安の安定と生きるための仕事である。そういう人々の上に爆弾を降らし、それを新法は支援しようとしているのだ。日本政府もすでに復興支援(インフラ整備や軍閥の武装解除)に千二百億円以上、戦争支援(自衛隊による給油活動)に、六百億円以上を費やしている。政府が国際社会における日本のプレゼンスを言うなら、どちらを強調すべきか明らかだろう。

『殺しながら助ける支援』というものがありうるのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な「安全保障」になることがある。これまで現地が親日的であった歴史的根拠の一つは、戦後日本が他国の紛争に軍事介入しなかったことにあった。他人事ではない。新法あるいはISAF参加によって同盟軍と見なされれば、反日感情に火がつき、アフガンで活動をする私たちの命が脅かされるのは必至である。

軍事行為を支援すれば日本への信頼が損なわれ、自衛隊派遣は有害無益。パキスタンなどで想定される自衛隊の難民支援も、言葉の壁や治安状況から役に立たない。平和回復後の建設的事業で、他の国にはできない貢献ができるはずだ」(2001年10月13日、衆院テロ対策特別措置法案を審議する衆院特別委での参考人発言)。

◆非軍事支援こそ日本の安全保障

「テロ特措法に代わる新法の是非について議論されているが、肝心なことが欠落している。テロ特措法や新法が支援する米国の『不朽の自由作戦』によって、アフガンで何が起きているのかを、まず考えるべきだ。食うや食わずの土地に毎日空爆が繰り返され、巻き添えを食った罪のない人々が殺されている。人々の間では日に日に反米感情が高まり、それを背景に反政府勢力が支配を強めつつあり、それをまた米軍やISAF(国際治安支援部隊)が攻撃する悪循環に陥っている。それが日本支援の「対テロ戦争」の実態だ。二〇〇二年東京のアフガン復興支援会議で決められた復興資金四十五億ドルに対し消費された戦費は三百億ドル、何かが狂っているのだ。」(『金融ビジネスAutun2007、東洋経済新報社』)

「米軍をはじめ外国軍の横暴も治安悪化の大きな原因になっている。農村共同体のセンター的な役割を果たす施設を米軍が空爆し、『80人のタリバンを殺した』と発表したが、殺されたのはそこで学んでいた子供たちだった。最近はラジオが普及し、日本の給油活動などが報道されるようになった。すると、良好だった対日感情は陰りを帯びてきた。日本は米国の手先だったのか、と。さらなる給油継続やISAF参加などは日本への反感を増幅するだけで逆効果でしかない。アフガンが安定するために必要なのは軍隊よりも食料と水だ」(『週刊SPA!』2008年12月23日号)

アフガンでは米軍とタリバンなど反政府武装勢力との戦闘が継続。2018年だけでも4000人近い民間人が犠牲になった。奇しくも凶弾に襲われた日と同じ19年12月4日付で発行された「ペシャワール会」会報で、中村医師は「依然として『テロとの戦い』と拳を振り上げ、『経済力さえつけば』と札束が舞う世界は、砂漠以上に危険で面妖なものに映る」と警告している。(八牧浩行

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