<コラム>今や金正恩が信頼できるのは女性3人のみ

木口 政樹    2020年3月17日(火) 23時0分

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今や金正恩が信頼できる人は女性しかいないのではないか。資料写真。

前号で、「どうしてお前たちはそれほどまでに完璧に馬鹿なのか」「怯える犬がもっと吠える」「ちょうど誰かさんのように」と、これ以上罵倒できないのではないかと思えるほどの罵詈雑言を南に浴びせた金与正(キム・ヨジョン)の談話を紹介した。

この談話が出された翌日、今度は金正恩から青瓦台に親書が送られてくるという茶番のような活劇があった。韓国語の慣用句で「ビョン チュゴ ヤク チュダ」というものがある。直訳すると「病気を与えて、薬をくれる」といった意味で、実際の意味はことばそのままなのだけど、最初に大量のマイナスを与えておいて、その次の瞬間に真逆のプラスを与えるような場面によく使う表現だ。まさに今回の金与正と金正恩のやったことは、「ビョン チュゴ ヤク チュダ」そのものといえる。

ガーンと叩いておいて、次の日に「なでなで」してやる。やられたほうとしては、ふざけるな、いい加減にしろ、といいたいはずだ。しかし文在寅(ムン・ジェイン)にとっては、金正恩はことのほか大切な人だから、そんな発言は絶対にしない。今回も、親書のほうの甘いことばだけを国民に伝え、前日の金与正の殴り込みに対しては一言の言及もなかった。文在寅らしいじゃないか。

金与正の「ガンツケ」と金正恩の「なでなで」が、今の時期になぜ発生したのかはなかなか難しい問題だ。ネットでもいろいろな分析が出回っている。どんな意見が多いかというと、まず金与正と金正恩の間でまったく統一性がなくなってしまった、ばらばらの行動をしているというもの。現れた現象をそのまま解釈した考えであろう。

しかしこれはそれほど信憑性がないと筆者は考える。金正恩にとっては金与正は同じ父、母の間から生まれた兄妹である。金正恩が金与正を信頼するその度合いは相当に大きい。金与正が男ではなくて女だからということもある。男だったら、金正男みたいに今頃はこの世にいなかった可能性も大だ。

金与正が2月28日の人事で、それまでの宣伝先導部の第一副部長の地位から組織指導部の第一副部長に抜擢されたようだ(ちなみに第一副部長とはなっているものの、これがこの機関の最高の地位なのである。おそらく第一部長がイコール金正恩になっているからだろう)。

北朝鮮では、この組織指導部という部署が最大の権力機関である。首領様(金正恩)のために存在する国が北朝鮮であるが、その国の中でもっとも権力があるのが組織指導部なのだ。ここの第一副部長はリ・マンゴンといいう人がやっていたのだけれど、2月28日の北の朝鮮労働党中央委員会拡大会議で党中枢部での非党的、反人民的、反社会主義的行為が糾弾され、ここで解任された。大義名分としては賄賂問題であったようだ。不正をして莫大な賄賂をもらっていたということらしい。賄賂もあるかもしれないが、もっと他のなんらかの理由で金正恩の逆鱗に触れた可能性が大きい。その後釜として金与正が第一副部長に抜擢されたのである。リ・マンゴンはその後、ジャン・ソンテク(張成澤、2013年12月処刑)のように処刑されたという情報がある。

金与正が組織指導部の第一副部長に就いたことによって、北の権力構造は、首領様の絶対権力と金与正の組織指導部の掌握による二人への集中という形になった。このところ、金正恩の健康悪化説があちこちでささやかれるようになっている。もし今、金正恩が倒れるようなことが生じた場合、金王朝は瓦解してしまう。金与正を全面に立てることにより最終権力者は金正恩だけれど、最前線で北を指示し引っ張っていくのは金与正ということにし、今後数年間そのような体制でやっていったあと、金正恩の実子が大きくなって権力を受け継げる歳になったときに金与正から金正恩の実子へと権力を移譲する。そんな青写真を金正恩は描いているのではないか(今後20年くらいはかかるだろうと見られているけれど…)。

だから、「わが民族同士」という党の機関紙に、強い口調のメッセージを金与正の名前で掲載することにより、これからはこのウリナラ(私たちの国、つまり北朝鮮)を金正恩の第一部下として引っ張っていくのは金与正なんですよ、と北朝鮮国内に大々的に知らしめるため、あのような度肝を抜くような強烈なメッセージを出したのではないのか。南(文在寅)を完璧な馬鹿だの低能児だのと罵倒したあのメッセージは、南に対するものとしてよりも、むしろ国内(北朝鮮)に向けてのものだったのではないのか。ネットを見ていて、筆者としてはこの見立てがいちばん納得のいくものであった。これは、龍谷大学教授の李相哲氏やコリア国際研究所所長の朴斗鎮氏らが唱えている考えである。

リ・マンゴンの解任(処刑)で見てくるのは、今や金正恩が信頼できる人は女性しかいないということ。親族、高官連中を次から次へと処刑している金正恩。外交官や国内の高官連中も、次はオレの番じゃないかと四六時中汲々としている状況のようだ。金日成も金正日も外交官は粛清しなかった。金正恩は親族、外交官、その他の高官らを相当数すでに処刑している。これは、金王朝はじまって以来のことなのである。

そうすると残ってくるのが、妹の金与正(組織指導部)、元カノと言われている玄松月(ヒョン・ソンウォル、宣伝先導部)、そして奥さんのリ・ソルジュ(李雪主、組織指導部の通報課)という女性三人組だ。これから、これら三人の女性の活躍(?)に、乞うご期待(?)である。目の離せない朝鮮半島情勢が今年も続く。

■筆者プロフィール:木口 政樹

イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。

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