<直言!日本と世界の未来>新型肺炎が猛威=SARS撲滅の「消防隊長」再来を―立石信夫オムロン元会長

立石信雄    2020年1月26日(日) 9時10分

拡大

中国の武漢市で集団発生した新型肺炎の感染が拡大。さらに広がれば日本を含む世界への影響は甚大。早期の終息を切望したい。写真は武漢の病院。

中国の武漢市で集団発生した新型肺炎の感染が拡大、死者数は40人以上に達しているという。北京市、上海市、広東省など広範囲で感染が確認され、日本やタイ、米国、韓国、台湾、香港、マカオなどにも広がっている。

中国では25日から春節(旧正月)の大型連休が始まった。中国当局は空港での体温測定や観光地の閉鎖などで厳戒態勢を敷いている。公共交通遮断により武漢市などの封鎖措置も発動されたが、延べ30億人に達する帰省などの大移動の中での拡大阻止は困難を極めそうだ。

過去に猛威を振るった新型肺炎ウイルスは重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)に比べ病原性は弱いとみられるが、それでも感染者が増えれば死者も増える。緊急委員会を開いた世界保健機関(WHO)の対応も参考にしつつ、最大限の危機感を持って対応すべきである。

 

武漢市は春節を前に、航空機や鉄道、バス、フェリーなどの発着を停止し、人の出入りを抑制する事実上の「地域封鎖」に踏み切った。中国政府にはSARS蔓延の際に、初動対応を怠り、感染拡大を招いて国際的非難を浴びた苦い経験があり、危機意識が感じられる。

 

感染抑制への効果を期待したいが、既に他の地域に飛び火しているため封じ込めは容易ではないだろう。中国政府は「ウイルスは変異する可能性があり、さらに拡散するリスクがある」との見解を示しており、万全の対応が望まれる。これまでのところ死亡者は高齢者や持病のある人などに集中している模様で、健康な人が過剰に恐れる必要はないが、弱者を守る手立てを尽くす必要がある。

 

SARSが首都北京を中心に蔓延したのは2000年代初頭。当時、私は中国各地の有力大学に招かれ講演していた。忘れられないのは2003年10月16日の上海交通大学での講演である。その日の早朝、中国が有人宇宙飛行に初めて成功したニュースに接したので、講演の冒頭にお祝いの言葉を述べると、学生たちから大きな拍手がわいた。

聞いてみると、教授も含めみんな朝5時に起きてテレビに見入っていたとのこと。上海交通大学は江沢民氏の母校でもある有力大学であり、宇宙飛行プロジェクトにも技術的な協力はもちろん、多くの卒業生がかかわっていた。SARS騒ぎで沈滞気味だった雰囲気を一気に振り払い、国民に自信と誇りを与える歴史的な瞬間だったことは、学生たちの自信に満ちた顔を見てもはっきりと感じ取ることができた。

SARS撲滅へ北京市長として陣頭指揮を執り、称えられた王岐山氏(現国家副主席)のことも思い出した。2003年、当時の北京市長がSARSの隠蔽問題により引責辞任すると、王岐山氏が北京市長に任命された。市長就任後、王氏が最初に取った行動は死亡者と発症者の正確な人数の報告である。「1は1、2は2だ。軍隊に無駄話の余地はない!」と市政府関係者に強く迫ったという。 北京市でのSARS危機を見事に乗り越えたため、王氏は「消火隊長」の称号を獲得した。

王岐山氏は習近平国家主席の盟友で、金融経済改革や腐敗撲滅に辣腕を振るい、現在副主席として活躍している。習主席が自ら陣頭指揮を執って新型肺炎の撲滅に向け強く指示したのも王氏から得た教訓を重視したものと思われる。新型肺炎がさらに拡大すれば日本を含む世界への影響は甚大。早期の終息を心から切望したい。

<直言篇108>

■筆者プロフィール:立石信雄

1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。

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