大串 富史 2021年2月27日(土) 20時30分
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中国の公立小学校の1年生である僕ら日中のハーフの娘の冬休みの宿題は、三字経の暗記暗唱と課題図書5冊プラスアルファだった。中国の「教育教学改革」のせいなのか多いとはいえ多すぎず、正直助かっている。
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中国の学校の冬休みは長い。今年の北京大学の冬休みは28日、清華大学は35日だそうだが、公立小学校の1年生である僕ら日中のハーフの娘も37日の自宅学習の時期に突入した。
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これは日本の学校の夏休みにほぼ相当する。日本では4月から7月末にかけて4カ月弱の学校の授業の後に1カ月強の夏休みがあるからだ。一方中国では9月から1月末にかけて5カ月弱の授業の後に1カ月強の冬休みがある。
それで学校からウィーチャット(中国版LINE)で冬休みの宿題が通知された。
宿題その1:三字経「育人篇」(全部)、「歴史篇」(一部)、「勤学篇」(一部)を暗記暗唱
「三字経」というのは「伝統的な中国の初学者用の学習書」のことで、「3文字で1句とし、偶数句末で韻を踏」み、「平明な文章で、学習の重要さや儒教の基本的な徳目・経典の概要・一般常識・中国の歴史などを盛り込んでいる」。
学校からの冬休み宿題一覧によれば、これを2月18日から20日までの3日間で集中的に暗記暗唱することになっているが、それはとても無理そうなので、冬休みの開始と同時に中国人の僕の妻が娘につきっきりで教えることになる。
ちなみにこの冬休み宿題一覧で2月11日から2月17日までの春節前後は、家族団欒を想定し宿題ゼロである(春節期間中は子どもはともかく親が親族の接待やら親睦やらでほぼ何もできない)。
宿題その2:課題図書5冊(余力のある生徒は7冊)
5冊の課題図書とは「子供の詩の園(A Child’s Garden of Verses)」「蝶と豌豆(エンドウ)の花」「百歳童謡(全5巻)」「父さんギツネバンザイ(Fantastic Mr Fox)」「漢字王国の物語(全4巻)」の5冊である。
幸いなことに最初の本以外はすべてピンイン(日本のフリガナに相当する中国語の発音記号)がふってあるため、最初の本以外は娘が自分で寝る前に読むことができる(小学校の入学と共にピンインの徹底的な教育が行われる)。とはいえ家族の日々の読書の計画や僕との日本語の勉強もあるため余力はなく、後の2冊は見送らせていただく。
宿題その3:家事手伝い
自分の身の回りの世話、自分の部屋の片付け、掃除や皿洗いをしたり、一緒に買い物に行って絵入りの買い物リスト(名前と絵と費用を記入)を作る。社区(日本の自治会のようなもの)のボランティア活動に加わるか節水を呼び掛ける。
部屋の片付けをはじめ自分の世話を自分でするというのは日本人の僕的には大賛成なのだが(中国では食事の時にエビの殻を自分で剥けない子供が大多数というのがニュースになるぐらい祖父母や親が子供の身の回りの世話をする)、掃除や皿洗いはまあ事始め程度である。節水の呼び掛けのサインを浴室に掲げたりもする。
宿題その4:工作と絵画
全家福つまり家族全員がそろった絵を描くという課題は分かるが、丑年にちなんで金の牛を粘土で作ってくださいというのはさすがにその通りにはできかねたので、紙粘土で普通の牛を作る。中国の伝統工芸の一つである切り絵の課題などもある。
宿題その5:体育
中国にも日本と同じようなラジオ体操があるので、中国人の妻と共に体操。
宿題その6:植物観察
植えた植物に水をやり、芽が出るのを観察する。ほぼ真冬の1カ月のうちに花を咲かせなさいというような要求はもちろんなく、芽が出た時点で終了。
宿題その7:算数
小学校入学後に毎日のように数学(中国では小学校の算数を「数学」と呼ぶ)のプリントが宿題で出ていたので、日数からして少なくとも30枚程度は覚悟していたところ、自分で創意工夫して「数学絵本」を創作してくださいとのこと。
こう列挙してみると、これはもしかしたら中国式ゆとり教育なのでは?と思われた日本の読者の方がおられるかもしれない。というのも最近、「多すぎる中国の『宿題』、親にプレッシャー 政府も対応に乗り出す|47NEWS」という記事の中で、中国の宿題事情がかなり詳しく報道されたばかりだからだ。
「人工知能を利用した小中学生向けの教育プラットフォームの『阿丹題』が発表した『中国小中学校宿題圧力報告』によると、中国では9割以上の小中学生の親が子どもの宿題に付き添ったことがあり、78%が毎日つきっきりで指導や添削などを行っている」というのはその通りで、ごくたまに宿題がないとこちらの方が逆に拍子抜けしてしまう。
「中国国内の小中学生が宿題に要する時間は一日平均で2.8時間と世界一長い。これは日本(0.76時間)の3.7倍に相当する。その背景には、小学低学年からテストで良い点数を獲得する能力の養成が重視されていることがある。日本であれば、進学塾などでやる内容を学校で消化するので、宿題が増えてしまうのだ。」
「『中国小中学校宿題圧力報告』では、中国の教師が1週間におよそ54時間も働いていることも明らかになっている。長時間に及ぶ労働時間の約4割を『宿題の添削』に使っている。先生からすると、作業量が多すぎるので親に頼らざるを得ない(つまり親が添削済みの宿題を先生が見る)という事情もある。」
「強い向上心と心配性が『同居』している1970年代から80年代生まれの親ならではの高い教育熱も影響している。」
この記事は日本の読者向けにこの中国の教育環境を「いびつとも言える現状」と形容しているのだが、小学校1年生にして定期テストのための小テストが毎週のようにあり、教室の前に成績優秀者が10人前後呼ばれてパチリと写真を撮られ、ウィーチャットでクラスの父兄チャットグループに送信されるのだから、当の子どもたちも父兄も待ったなしである。
それでどうなるかというと、親子ともに多大のプレッシャーが生じる。「『(小学生の)子どもの宿題の付き添いは本当に辛抱できない』『子どもを怒鳴らない家なんてないわよ。うちのマンションでも下の階から毎日のように母親に怒鳴られて泣き叫ぶ子どもの声が聞こえてくるわよ。この前なんて夜の11時に爆発していたわ』『今、夫が中学2年になる息子の宿題を見ているけど、また大声で怒っている』」という状況が、中国では日常茶飯事なのである。
どうしてそうなってしまうのか。「中国青少年研究センター少年児童研究所の孫宏艶所長は『(親が宿題指導で怒鳴ってしまう)根本の原因は競争と評価システムがつくり出している』と指摘する。中国社会には激しすぎる競争圧力が厳然と存在する。その中で自分の子どもにだけは生き残ってもらいたいと焦る親心が、宿題の際の怒鳴る声を生んでいるのかもしれない。『宿題問題』の根は深い」
ここで日本人の読者の皆さんのため少し説明を加えると、「中国社会には激しすぎる競争圧力が厳然と存在する」ものの、弱者にはある意味でやさしい。
たとえば日本でホームレスになってしまった場合、衣食住はかろうじてなんとかなるかもしれないが、社会全体から日々蔑視されるのみならず、時には通報されたり襲撃されたりする恐れもあろう。
だが中国のホームレスは日本ほど衣食住のあてはないものの、社会全体から日々蔑視されたり通報されたり襲撃されたりすることがない。
警察も市民もそんなことにかまけている時間的余裕はないし、そもそも物乞いを生業とする一群の人々がいたり、そうでなくても生活に困って一時的にしろ常習的にしろレストランで客の食べ残しの残飯漁りをする(しかも結構普通の恰好をしている)人などがいたりする。
だが自分や自分の子供がホームレスや物乞いや残飯漁りに転落してしまうなどということは普通の中国人であれば当然耐えられないから、中国語でよく言われる、不能輸在人生的起跑線上(「人生のスタートラインで負けてはいけない」)となる。
つまり小学校で宿題をやらない(やれない)などということは許されざることで、あなた人生のスタートラインで転落してもいいの?となってしまうのである。
それでこの機会に、脱ゆとり教育の今の日本はどうなのだろう?と思ってググり、絶句した。
その現状は日本で普通に報道されているようだから、ここに再掲するまでもない。僕らとしてはこの機会に、日本の父兄と子弟の皆さんすべてに、ご挨拶と熱いエールとをお送りしたい。
ところで先の記事は続けて言う。「中国政府も動き出している。2020年12月に開いた会見で中国教育省は過去5年の義務教育事業についての評価を発表した。その中で同省は「教師が保護者に対して宿題の完成や添削を要求する違反行為に対しては厳格に対処する」と表明して、『宿題問題』への関与を強める姿勢を示した。」
「19年6月に公表した『教育教学改革の深化と義務教育の質向上に関する意見』の中で政府は『学生の宿題が親の宿題化すること。または、親に宿題の添削などを求める行為を根絶する』などと記して、親が子どもの宿題を手伝うことを禁止した。」
僕らはどうやら、中国の「教育教学改革」のちょうどはざまの時期に娘を小学校に行かせることになったようだ。
もちろん、中国の子供たちへの学業面でのプレッシャーはいまだ大きい。日本の中高生の課外活動を描いた日本の漫画やアニメは中国の彼らにとってあり得ない世界である。なぜなら来たる高考つまり大学入試まで延々と続く宿題漬けでそれどころではない。とはいえ、逆のベクトルも働き始めている。
その結果なのだろうか。中国の小学校1年生の娘の冬休みの宿題が多いとはいえ多すぎず、正直助かっている。父親である在中日本人な僕へのプレッシャーも、まあ普通である。
中国人の妻がつきっきりで娘の宿題を見る一方、僕は僕で日本語オンラインレッスンの合間をぬって掃除洗濯洗い物をし、必要なら食事も準備する。妻は娘のために夜の中国語オンラインレッスンをできる限り早朝のレッスンに移し、僕もレッスンがなく手が空いていれば娘の相手をして寝かしつけ、家族で毎日読書をし、娘の日本語のレッスンをする。
成績優秀者の「パチリ」の中に毎回のように娘が連なっているのを見るにつけ、妻を愛し感謝せずにはいられない。とはいえ当然のことながら、母子のプレッシャーは相応である。
誰もがプレッシャーを感じることのないような世界が、早々に実現すれば一番いいのだが。
今のところ「逃れ道」また「出口」があることに感謝しているものの、来る中国の夏休みは小学校でも丸々2カ月で日本の大学並みの長さだし、別コラムでご紹介予定の算数の中華式スパルタ教育もまだまだ始まったばかりだ。
僕ら父兄と子弟が中国でも日本でも「宿題問題」というプレッシャーのただ中にあって、それぞれ何らかの「逃れ道」また「出口」が設けられるよう、ただただ願うばかりである。
■筆者プロフィール:大串 富史
本業はITなんでも屋なフリーライター。各種メディアでゴーストライターをするかたわら、中国・北京に8年間、中国・青島に3年間滞在。中国人の妻の助けと支えのもと新HSK6級を取得後は、共にネット留学を旨とする「長城中国語」にて中国語また日本語を教えつつ日中中日翻訳にもたずさわる。中国・中国人・中国語学習・中国ビジネスの真相を日本に紹介するコラムを執筆中。関連サイト「長城中国語」はこちら
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