八牧浩行 2021年7月6日(火) 6時50分
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米国が導く「リベラル能力資本主義」と中国に代表される「政治的資本主義」が激しく対立する、二つの資本主義がはらむ不平等拡大と腐敗進行という病弊の根本原因を喝破。欧米の社会科学界を震撼させたベストセラー。
タイトルを一瞥して、ベルリンの壁崩壊(1989年)とソ連崩壊(1991年)以来流布された「資本主義の勝利」を称揚する書物と誰もが思うだろう。ところが読み進めるにつれて、この見方は浅薄であることに気づく。
グローバル化した資本主義が、人々のモラルを欠いた「強欲」によって格差を拡大させるメカニズムであることを豊富な実例や統計を提示しつつ喝破している。同時に、著者は「資本主義対社会主義」というイデオロギー対立が消滅し、米国が導く「リベラル能力資本主義」と中国に代表される「政治的資本主義」の二つの資本主義が激しく対立していると主張する。国家社会主義を標榜する中国も、米国などと同様、グローバル化した資本主義の光と影を体現しているという。
第二次世界大戦後に先進各国では、(1)交渉力の強い労働組合、(2)累進性の高い税負担、(3)政府による大規模な所得移転―など修正資本主義的な政策が採用され、所得と不平等の縮小に繋がったが、グローバル化とともに機能しなくなり、格差は急拡大した。この見方は、冷戦終結後の世界各国で資本への分配率が次第に上昇し、並行して所得格差が拡大した実態を明らかにしたトマ・ピケティの『21世紀の資本』(2014年刊)とも共通する。
◆2000年前から続くアジア・欧州の争覇
グローバル資本主義の下で不平等の拡大をもたらしたのは、西側先進諸国だけではない。無視できないのが中国など新興国の台頭である。著者は「現在、この世界には資本主義の二つのモデルが存在する」と指摘。「アジアの歴史的な変化を中国が主導していることは疑いようもない。資本主義が世界で支配的地位にのぼりつめたのとは違って、これまでの歴史に先例が見つかる。ユーラシア大陸の経済活動の分布を、産業革命以前の状態に巻き戻すものだ」と長い歴史を紐解きながら解説する。
ギリシャ・ローマ時代からのヨーロッパと中国・アジアの経済発展の水準は、2000年前の1世紀から2世紀、あるいは600年前の14世紀から15世紀にはほぼ同じだった。当時と違って今日では交流は盛んであり、両地域の所得水準も何倍にも上昇している。この両地域=欧米とアジア=は総じて世界・人口の70%を占め、世界の生産高の80%を担い、貿易、投資、人の移動、技術移転、発想の交流を通じて切れ目なく接触している。
著者は「欧米が豊かになることで世界の不平等の拡大に繋がったが、地理的な再均衡化により、欧米の軍事的、政治的、経済的優越は終わりを迎えつつある」と指摘。一方で「アジアが豊かになることで世界の広範な領域で所得の収斂につながり、最終的にはユーラシア大陸全体と北アメリカ全土で所得水準が近づくことで、世界の不平等が縮小する」と見る。
◆米中対立のはざまで揺れる日本人に必読の書
「中国が経済的に成功したことは、資本主義の発展とリベラルな民主主義には必然的なつながりがあるとする欧米の主張を危うくするものであり、欧米諸国でも、ポピュリストや金権政治がリベラルな民主主義に挑戦を突きつけ、この主張を脅かしている」と分析。「アジアが経済的に成功したことで、そのモデルは他国にとって一層魅力的に見えてくるだろう。結論としてアジアの経済は、その成長が将来たとえ減速するにしても、キャッチアップをめざす国々にとって最善のモデルとなりうる」と見る。両者は政治、経済、社会の領域で異なっているため「リベラル資本主義と政治的資本主義の競争においては、どちらかのシステムが世界全体を支配することはなさそうだ」と予言している。
本書は二つの資本主義がはらむ、不平等の拡大と腐敗の進行という病弊の根本原因を喝破し、欧米の社会科学界を震撼させたベストセラー。米中対立のはざまで揺れる日本人にとっても必読の書と言える。
フランコ・ミラノヴィッチ著、西川美樹訳『資本主義だけ残った=世界を制するシステムの未来』(みすず書房刊、3600円税別)
<ブランコ・ミラノヴィッチ(Branko Milanovic)>
ルクセンブルク所得研究センター上級研究員、ニューヨーク市立大学大学院センター
客員大学院教授。ベオグラード大学で博士号を取得後、世界銀行調査部の主任エコノ
ミストを20年間務める。2003-05年にはカーネギー国際平和基金のシニア・アソシエ
イト。所得分配について、またグローバリゼーションの効果についての方法論的研究、
実証的研究を、Economic Journal, Review of Economics and Statistics などに多数発表。
著書『大不平等』(みすず書房、2017年)『不平等について』(みすず書房、2012年)。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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