八牧浩行 2022年2月24日(木) 5時20分
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経済政策に安全保障の観点を取り入れる「経済安全保障」の概念が広がっている。これに対し「企業の対外活動を阻害する」との懸念も根強い。米中の経済界は相互依存関係にあり、ブロック化を強く懸念している。
経済政策に安全保障の観点を取り入れる「経済安全保障」の概念が広がっている。政府は経済安全保障推進法案を今国会に提出する方針だ。これに対し経済界を中心に「企業の対外活動を阻害するリスク要因となる」と懸念する声が上がっている。
同法案では半導体をはじめとする重要物資のサプライチェーン(供給網)の把握などを法制化するが、民間企業にとって供給網の詳細は最重要機密。経済安全保障政策の強化が負担となることは避けられず、制度運営では官民の十分な意思疎通が重要になる。
◆供給網調査、企業に回答義務―経済安保法案
「経済安保」は米国と中国の対立を背景に、重要物資や先端技術の確保が経済安保上の優先課題となったため、米国に促される形で急浮上した。政府が経済安保推進法案で供給網の実態把握を目指す背景には、コロナ禍でマスクなど医薬品などの不足に直面したことがある。その後国際的な半導体不足が起きており、「供給網の脆弱性の把握は経済と安保の両面で不可欠」(政府関係者)との認識である。
同推進法案は「供給網強化」「基幹インフラの事前審査」「先端技術の官民協力」「特許非公開」の4分野で構成。政府は法案に核や武器の開発につながる技術の特許非公開や、情報通信などの基幹インフラ事業者が導入する設備の安全性審査などを盛り込む方針。違反した場合の命令や罰則も明記し、企業に情報管理の強化を促す。政府は、推進法が今夏に成立・公布されれば、2024年までに順次施行したい考えだ。
しかし、国の関与が強すぎると自由な経済活動が歪められる。国内生産や供給網の強化にこだわるあまりコストが軽視されれば、しわ寄せを受けるのは消費者だ。安全保障を名目に政策が恣意的に運用される事態は避けなければならない。短期的な対外関係の変化に伴って経済のルールが変わるようでは、商取引や投資は萎縮し、研究開発にも逆風となる。
◆ハイテク覇権巡る争い
米中経済摩擦の本質はハイテク技術を巡る覇権争いである。その背後に次代の覇権争いが見え隠れている。世界経済史から見れば、日米、米欧など過去に起きた経済摩擦はいずれも複雑な要素が絡み合い千差万別である。
米中貿易摩擦の過程を振り返ってみると、米国のトランプ政権は経済発展が行き詰りつつある現状に危機感を抱き、覇権国家としての地位を維持・強化することを狙って米中貿易戦争を仕掛けた。バイデン政権になって「同盟国」との連携を打ち出したが、「対立」の図式は変わらない。
世界の覇権国家として長らく君臨してきた米国は、常に「ナンバー1」の座確保が“国是”であり、「ナンバー2」国家を“排除”してきた。かつての標的はソ連の軍事力であり、日本の経済力だったが、これらライバル国をことごとく退けた。
歴史的に、経済力が米国の60%を超えると「ナンバー2国家」を叩くと言われてきた。激しい日米経済摩擦が起きた1980年代後半1990年代初めにかけて日本のGDPは米国の6割に達し、日本経済の勢いは「アズ・ナンバーワン」とまで言われていた。巨額貿易黒字を背景とする対外経済摩擦がさらに燃え盛り、東芝機械のココム違反事件など日本バッシングが激化。電撃的プラザ合意による「円の実質大幅切り上げ」のほか、対日制裁色の強い包括通商法、日米構造協議など次々に「対日要求」が突き付けられた。この米国の「日本叩き」は熾烈を極めた。日本経済は政策対応の拙さ(失政)もあって失速し、「失われた30年」と言われる事態を招いた。
今、米国は急速に台頭する中国をターゲットとして経済戦争を仕掛けているが、その「経済力・人口パワー」に手を焼いているのが実情だ。日本と異なり、軍事的にも核兵器を保有し独自の軍事防衛戦力を保持している。中国は日米経済摩擦を「反面教師」として研究し、「対米政策」に活用している。米国単独では劣勢なため「同盟」や「民主主義」の概念を持ち出して対抗しようとしている。
◆商取引・投資、萎縮懸念も
日本は主要国で最も低い潜在成長率に陥っている。もともと貿易立国なのに、岸田政権は「経済安保」の遂行を米国から突き付けられ、自由貿易を阻害する政策を推進している。多くの日本企業が海外取引で稼いでいる事実に目をつぶり、米国の要求をそのまま受け入れているが、これを是正しなければ日本経済はさらに失速することになろう。実際、東証株価は今年に入って低迷が続いている。
国の関与が強すぎると自由な経済活動が歪められる。国内生産や供給網の強化にこだわるあまりコストが軽視されれば、しわ寄せを受けるのは消費者だ。安全保障を名目に政策が恣意的に運用される事態は避けなければならない。対外関係の変化に伴って経済のルールが変われば、商取引や投資は萎縮し、自由な研究開発も阻害される。
経団連は2月9日、同法案に対する提言を発表した。全体として経済活動の自由や国際ルールとの整合性に配慮するよう求める内容となっている。(提言要旨は以下)
(1)わが国の国力の源泉である経済力・技術力を維持・強化するためには、ルールに基づく自由で開かれた国際経済秩序の下で、企業が自らの責任で国内外問わず自由に事業活動を展開できる環境を維持・改善することが重要である。今次法制化にあたっても、この点に十分留意することが求められる。また、わが国企業が国際競争上不利な環境に置かれることのないよう、欧米はじめ諸外国の取組みに照らして、企業活動に過度な制約を課すべきではない。
(2)有識者会議が提言する下記制度・施策のうち、基幹インフラの安全性・信頼性の確保および特許出願の非公開化については、従来の企業活動に与える影響が大きいことから、法律成立・公布後、施行までに十分な周知・準備期間を設ける必要がある。
(3)諸外国から無用な批判を招くことのないよう、制度・施策の導入にあたっては、国際ルールとの整合性を確保すべきである。
◆「罰則規定」は一部削除へ
経団連の十倉雅和会長は2月7日、小林鷹之経済安全保障相と会談し、経済安保推進法案について協力する意向を示しながらも、「企業活動への制約は必要最小限とし、企業の予見可能性を確保するよう期待する」とくぎを刺した。小林氏は「規制を必要最小限にすることは当然と思っている。視点を共有し、より良い法案を作っていけるように政府一丸となる」とこれに応じた。与党・公明党も問題視しており、当初原案に盛り込まれていた「罰則規定」は一部削除される見通しだ。
我が国の産業界を巻き込み経済安保上の最大の懸念となっているのが米中の覇権争いである。「民主主義と専制主義の国家理念の対立」とレッテル張りされるが、実際は2001年の米同時テロ以降、米国の覇権が揺らぐ中、中国の急速な台頭に米国が危機感を募らせ、「民主主義」を旗印に同盟国を巻き込んでいるのが真相だ。このまま米中の対立が激化すれば、世界が2極に分断される恐れもある。その場合、米国が主張する「政治的安全保障」「民主主義」より消費大国・中国を中心とした「グローバル経済」支持に多くの国が傾く可能性も大きい。
◆米中経済、相互依存強く
米中の衝突は日本企業にとって現実のビジネスリスクに直結する。その象徴が半導体だ。米国政府は華為技術(ファーウェイ)など中国企業向けの輸出規制を強めた。ところが米企業はいつの間にか汎用の半導体製品の輸出許可を申請し、米商務省の承認を得て対中輸出をしたたかに拡大している。
人口14億人を擁する世界最大の消費市場を掴もうと米企業は必死である。中国の通信機器大手、ファーウェイと半導体メーカーの中芯国際集成電路製造(SMIC)が米国の事実上の禁輸リストに指定されているにもかかわらず、米国内の両社のサプライヤーがかなりの額の製品・技術の輸出許可を米商務省から取得していた事実が判明した。米国の輸出規制に従っていた日本企業が米国のダブルスタンダード(二重基準)に出し抜かれている、このような事例は枚挙にいとまがない。
自国利益優先の国家資本主義が激しくぶつかり合う時代においては、表向きと異なる裏の世界が厳然と存在する。日本も旧来の思考から脱却し国際関係の虚実を冷静に見極めるべきである。
政治的に対立する米中間だが、緊密な貿易・投資・サプライチェーン(産業連関)網が張りめぐらされている事実に目を向ける必要がある。米中両国の経済界は強い相互依存関係にあり、双方ともブロック化を強く懸念している。
米ニューヨーク・タイムズは2月11日付で、米国の対中政策には一貫性がないと批判する記事を掲載した。米国政府はファーウェイなど中国製スマートフォンの輸入を事実上禁止したが、米国企業は能力が強大な中国製サーバーを購入。米国人が使うスマートフォンのほとんどが、中国の工場で生産されたものという。
こうした激動の世界情勢の中で、日本の役割は重要である。最大の同盟国である米国と最大の貿易相手国である中国の間で橋渡し役を担うべきだろう。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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