〈新疆の世界遺産3〉キジル千仏洞:日本人3000人も修復保存に協力

小島康誉    2022年2月19日(土) 16時30分

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1986年5月初めて訪れたキジル千仏洞、荒廃した石窟が目に飛び込んできた。登るのも危険な木の梯子があるだけだった(撮影:筆者)

1986年5月、中国四大石窟のひとつ、天山山脈南麓のクチヤ西方約70kmのキジル千仏洞を訪れた時の感動は忘れられない。ラピスラズリの青で描かれた釈尊の前世物語には圧倒された。日が暮れて道に迷う旅人に自らの手を燃やす釈尊、飢えた虎の親子にわが身を差し出す釈尊…。約350の石窟に3~9世紀頃描かれた1万平方メートルもの壁画が残っている。今なお色鮮やかに残る人々の願い。「人類共通の文化遺産」と直感した。中国の辺境の辺境で生活も十分に賄えない中で、それらを保存しようと汗水を流す人たち。

感動していると案内してくれた王氏が「10万元出してくれたら、専用窟を造ってあげる」と冗談(まだ僧侶でなかったが短髪だったので、そう言ったようだ)。当時の10万元は約450万円。感動から「分った、出します。窟はいらない」と即答。彼は驚いた。私たちが大金のことを「1億円!」と表現するのと同じ感覚で、10万元と言ったのだ。ウルムチへの帰途2日間「冗談です。忘れてください」、「冗談は分かっている。保護に使って」の繰り返し。彼はついに筆者の文化財保護精神を理解。「分かりました。政府を紹介します」と。

紹介された新疆文化庁文物処の韓翔処長も「なぜ?本当?真の目的は?」を繰り返した。簡単なメモにサインして帰国、しかし、振込先が中々来ない。新疆では外国からの初寄付申し出で、半信半疑、別の目的があるのではと、許可が得られなかったのだ。協力金を振り込んだのは10月末。新疆の最高実力者である王恩茂前新疆党書記が承認したと後日聞いた。

その後も新疆を訪れると、外国人も重視するほどであればと、中国政府が2000万元で本格的修復を行うことになったという。筆者はそれなら10万元では足りないから、日本で浄財を募り1億円寄付すると申し出た。当時の物価などを考えると、現在の1億元(約18億円)にも匹敵する巨費である。新疆文化庁の庁長はじめ皆が「エーッ!」と声をあげ驚いた。荒廃の主な原因は長年の自然崩壊、現地人による金箔剥がし、異教徒による破壊、日本の大谷探検隊や独・露・仏・英などの探検隊による壁画の持ち出しである。

キジル千仏洞はシルクロードに咲いた仏教芸術の名花であり、中国だけでなく人類共通の文化遺産であり、次世代に引き継ぐ責任があると協力を申し出たのだ。1987年5月、新疆迎賓館での調印式には、王恩茂氏も列席。協議書は筆者と王成文新疆文化庁書記がサインした。

1987年11月、筆者は塩川正十郎文部大臣の示唆を受けつつ「日中友好キジル千仏洞修復保存協力会」(上村晃史上村工業社長)を設立し、事務局は筆者が社長を務めるツルカメコーポレーションに置いた。名誉顧問は元総務長官の中山太郎議員、副会長や顧問は水谷幸正佛教大学長・五百木茂三菱商事副社長・須賀武野村證券副社長・神田延祐三和銀行副頭取など宗教界・経済界・学界の著名人にお願いし、筆者が専務理事を務めた。

日本で殆ど知られていないキジル千仏洞への修復保存募金は難渋、諸氏の奮闘で88・89年に1億円余贈呈、中央は王恩茂元新疆党書記(撮影:新疆政府)

12月、「人類共通の文化遺産を後世へ」をスローガンとした募金パンフレットや宣伝ハガキ・テレカなどを作成し募金活動を開始したが、敦煌莫高窟と違って殆どの方がキジル千仏洞をご存知ない。「聞いたこともない石窟保存に協力なんて!」と言われるなど募金は難渋した。諸氏と奔走した。多くの皆さんの尽力を得て募金は少しずつ積み上がった。

1988年89年と二次わたり3000人(企業)を超える方々の浄財計1億544万円余(工事用車両含む)を新疆政府へ贈呈した。新疆人民会堂での贈呈式には松原哲明副会長や筆者が代表団を率いて参加し、新疆側は王恩茂氏や黄宝璋新疆政府副主席が列席。その後キジル千仏洞を参観した。新疆側が中心となり本格的工事を開始した。石窟補強や壁画保護には敦煌などから専門家を招いた。キジルは輝きを取り戻した。本連載2の写真をご覧ください。

工事は飯場・下水道・配水塔など準備工事から開始し、岩肌補強・壁画補修・参観用回廊建造などへ進んだ(撮影:筆者)

その後も世界的文化遺産保護の重要性を理解いただくため参観団を度々派遣。また職員通勤用バスや飲料水浄化装置贈呈なども行ってきた。「仏説阿弥陀経」や「妙法蓮華経」を訳出した鳩摩羅什三蔵の銅像も建立。王恩茂氏筆「修復資金寄贈記念碑」も建立された。参観時にはこの記念碑も是非ご覧ください。募金協力者に貴方の知人名を発見されるかも。現在も中国政府により保護研究が行われている。日本人研究者や観光客も多数訪れている。

2014年6月、キジル千仏洞は世界文化遺産となった。協力開始して28年後のことだった。2015・16年に写真集『新疆世界文化遺産図鑑』中文・日文版を出版。17年筆者が仲介し出演もしたNHK「シルクロード・壁画の道をゆく」が放送された。ドイツ隊が殆どの壁画を持ち出した第212窟も撮影、その写真などを活用した東京芸術大学「素心伝心」展も取り上げられた。好評でそれ以降も度々再放送されている。「U-NEXT」でも視聴できる。18年にも参観団を案内。同年中国「天津テレビ」と19年「環球時報」が筆者のキジル千仏洞など文化遺産保護協力を報じた。文化遺産保護の重要性を訴え続けている。

ご参考:小島編『中国新疆36年国際協力実録』(日中英文・東方出版2018)では美しい壁画など大量の写真でキジル千仏洞の修復保存協力を紹介している。

■筆者プロフィール:小島康誉


浄土宗僧侶・佛教大学内ニヤ遺跡学術研究機構代表・新疆ウイグル自治区政府文化顧問。1982年から新疆を150回以上訪問し、多民族諸氏と各種国際協力を実施中の日中理解実践家。
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