現代の大型船と船員という職業 ースマホが使えない職場なんて

山本勝    2022年3月1日(火) 7時50分

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この半世紀で船は格段に進化。船員の生活環境、社会環境も今の若者のライフスタイルに十分受け入れられるほどに大きく変化した。未解決の「コミュニケーション・バイアス」の解消のための支援と尽力を期待したい。

この半世紀で船は格段に進化した。船員の生活環境、社会環境も今の若者のライフスタイルに十分受け入れられるほどに大きく変化した。また高度の運航技術者、テクニカルエンジニアとしての資質が求められるなど挑戦的職業として船員を見直すべき時がきている。残るハンディキャップである「コミュニケーション・バイアス」の解消のため国、産業界の支援と尽力を期待したい。

日本で船員の募集をかけても、若者はなかなか船に乗りたがらないという。その理由のひとつが、船の上ではスマホが使えず、彼女と毎日チャットもできない職場なんて…ということらしい。

◆陸岸近くを航行しているワケ

たしかに、日本で携帯電話が使えない場所はほぼなくなったが、海の上では陸上基地局の電波が届くのは陸岸から10数km、せいぜい20kmまでだ。外国に向かう船はもちろん、国内を航行する船でも沿岸に沿って航行するのでなければスマホが使える時間は限られる。

2020年7月、モーリシャス沖で大型バルカー(ばら積み貨物船)が座礁、流失した燃料油が風光明媚な海岸を汚染した事故は記憶に新しい。筆者にもなぜ大型船があのように陸岸近くを航行したのか合点がいかなかったが、現地の情報では、乗組員が陸のWi-Fiに接続して電話を使えるよう、通常の航路を外れて陸岸に近づきすぎたからということも取りざたされている。

この船の20名の乗組員は、船長ほか2人がインド人、スリランカ人が1人で残る16名はフィリピン人。筆者もフィリピン人船員と一緒に船に乗り組んだことがあるが、かれらの家族思いの気持ちは人一倍強く(別に日本人や他の国民がそうではないというわけではないが)、機会さえあれば故国に暮らす家族や友人と連絡を取り合うのに熱心だ。インド人船長がかれらのことを慮ったかもしれないのはわからないではないが、事故を起こしては元も子もない。長く国をはなれて海上で暮らす船員にとって、船上でのコミュニケーション手段の確保はそれほど重大なのだ。

海底ケーブルを利用できない船の上で、電話やインターネットのサービスが受けられるとすれば、短波を使った電話か人工衛星経由の通信となる。いつでもどこでも、というと衛星通信に頼るしかないが、残念ながら料金はバカ高。最近では、乗組員の福利厚生の一環として、業務以外の時間に安い料金でプライベートの使用を認める会社もでてきたようだ。

もともと高コストの衛星通信で、一般ユーザーがもっぱら船や航空機に限られるサービスの料金が高くなるのはやむを得ないとして、現代の船員にとって陸上との比較で最大のハンディキャップともいえる「コミュニケーション・バイアス」をなくす努力を国にも産業界にも求めたい。

◆船はこの半世紀で格段に進化

ICT技術の開発・導入によって、船員の労働は機器の監視作業が中心となり、居住環境はビジネスホテル並みの個室で快適だ。

ハードウエアだけでなく船員の社会環境も大きく変化した。筆者が経験した半世紀前には、一度乗船すると8か月、長ければ一年以上も同じ船で勤務し、休暇は一カ月ばかり。久しぶりに会った子供が父親の顔を忘れて泣きだしたなどの冗談話もあるくらい。いまでは4カ月から6カ月の乗船勤務で2~3カ月の休暇があたりまえだ。こんな具合にon-off のはっきりした職業もめずらしく、今どきの若者にも受け入れられるライフスタイルという意味で、船員をめぐる社会環境もさま変わりといっていい。

一方、熾烈をきわめる国際競争の中で、船の世界もかつてと較べて厳しい面もいろいろある。経済の飛躍的発展によって、国際間の物流は量においても種類においても著しく拡大し、これに呼応して、船は特定の貨物を大量かつ効率的に運ぶという経済合理性を追求した結果、専用船化と巨大化が起こった。

貨物の積み下ろしの技術革新、効率化もめざましく、コンテナ船では時間単位の運航スケジュールが組まれ、原油やガスを運ぶタンカー、穀物、鉄鉱石、石炭を運ぶバルカーなどでも港は概ね市街地から遠く離れた場所で停泊時間も短く、おいそれと上陸もできないのが昨今の状況だ。

巨大化、専用船化は操船やエンジンプラントのオペレーションなど運航技術の面で知識と経験が求められ、高度の運航技術者、テクニカルエンジニアという資質が必要だ。

今、海で働く日本人は減少し、世界最大の海運国というのに外航商船に乗り組む日本人船員は2千人余にすぎない。

今の若者のライフスタイルに合致した、挑戦的な職業として船員の世界をもう一度見直してみるべき時がきている。そのためにも、最後に残った「コミュニケーション・バイアス」の解消に向けて関係者の支援と尽力を期待したい。

■筆者プロフィール:山本勝

1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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