山本勝 2022年3月5日(土) 6時30分
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北極海の開発、利用について各国の利害の対立と調整、覇権争いは、北極海の氷の減少とともに激しさを増すと思われる。(写真はノルウェーの砕氷船)
地球温暖化に伴う氷の減少とともに、北極海の利用と資源をめぐって熾烈な覇権争いが繰り広げられている。北極海の開発、利用では地の利を生かしてロシアとノルウェーが先行し、遅ればせながら米国も複数の大型砕氷船の建造を決めるなど猛追中だ。沿岸国以外の日本、中国なども利益確保のため相次いで大型砕氷船の建造を決めた。氷の減少にともない激しさを増す各国の利害の対立と調整、覇権争いの今後に注目したい。
◆北極海に眠る豊富な資源
いま北極海で関係国による熾烈な覇権争いが繰り広げられている。背景にあるのは、北極海の氷の減少と、北極海に眠る豊富な資源の存在だ。2020年9月、ロシアの原子力砕氷船がバルチック海の造船所からバレンツ海に向けて試験航海に出たことは、日本の新聞でも報道されたので憶えている読者もいるだろう。
原子力推進(60MW、8万馬力)により厚さ2.8mの砕氷能力を有する世界最強、最新鋭の砕氷船で、驚くのは、ロシアは本船につづいて4隻の同型原子力船を建造予定(3隻はすでに建造中)という。
地球温暖化の影響といわれるが、北極海の氷は年々減少し、夏の限定された期間であるが、北極海を経由してヨーロッパとアジアを結ぶ航路の利用が進みつつある。さらに温暖化がこのまま続けば、ロシア極北西部のヤマル基地からヨーロッパへの海上LNG輸送が通年可能になるともされる。氷が減少したとはいえ、輸送船の安全運航のため砕氷船によるエスコートは必須。北極海の研究・調査には砕氷能力を持った船の存在が不可欠である。
発注者のプーチン大統領率いる原子力企業ロスアトムは、これらの砕氷船を、ロシア沿岸を経由する北東航路「Northeast Passage」のエスコートボートとして投入する計画だというが、ロシアは2035年までに13隻の大型砕氷船隊を建造、保有する計画があり、上述の極域のシールートの商業権益確保や拡大のみならず、北極海にひろく存在するとされる金、ダイヤモンド、レアメタル、石油、天然ガスなどの鉱物・エネルギー資源や漁業資源などのさらなる開発、利用を目論み、北極海の覇権を握ろうと国を挙げて取り組んでいることは間違いない。
かたやロシアと並んで北極海に沿岸を有する米国であるが、所有する大型砕氷船は3隻、いずれも1970年代建造と古く、砕氷能力も1.8m以下で、米国コーストガードの下、もっぱら極域(北極海、南極海)の科学的調査に投入されてきた経緯がある。
◆持続可能な開発、環境保護が急務
北極海に対する関心は、氷の減少、海底資源、地球環境などをキーワードに急速に高まり、2020年7月米議会は、6隻の大型砕氷船の建造を決めた。目的は米国の南北極域での国家的ミッションを満たすためとされるが、北極海においても商業利用ルート(米国、カナダ沿岸に沿った北西ルート)をふくめたシールートの開発・利用や、環境、資源に関する権益確保を狙ったものであることは論をまたないだろう。
今回建造が決まった砕氷船は建造費からすると相当なハイスペック船のようだが、電気推進(4万5000馬力)、砕氷能力は1.8m~2.4m とされ、ロシアの原子力砕氷船に比べると一回り小さいようだ。また、建造は第1船の引き渡しが2024年、第2船までの予算は確保できているものの、以降は連邦予算の獲得が必要といい、砕氷船の確保という面ではロシアに大幅な後れをとっている感はぬぐえない。
北極海の沿岸国は、ロシア、米国、カナダ、デンマーク、ノルウェーの5か国で(これにフィンランド、アイスランド、スウェーデンを加えて北極圏8か国という)、これら沿岸国は約80隻の砕氷船を有し、このうち建造中のものもふくめて50隻以上の砕氷船隊をもって圧倒しているのがロシアである。
また北極海の開発・利用という面で、ここ10年ほど地の利を生かして資源開発基地や港湾建設などに巨額の投資をおこなってきているノルウェーとともにこの両国が他に先行しているのが現状だ。
北極域における持続可能な開発、環境保護といった共通の課題について協力を推進する場として、1996年北極圏8か国による「北極評議会=AC(Arctic Council)」が設置され、これにオブザーバーとして非北極圏の13か国(日本、中国、英国など)が加わって協議がおこなわれている。
◆日本も「北極域研究船」を建造
わが国も、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」を使って1998年からほぼ毎夏、気候変動や環境にかかわる調査を北極海海域でおこなってきた実績を有するが、「みらい」は耐氷能力があっても砕氷能力はない。海上自衛隊が運用する「しらせ」は砕氷能力を有するものの、日本の南極基地を維持するための物資輸送が主たる任務。極域で活躍できる砕氷研究船の建造は長年議論されてきたが、2017年、国際貢献とわが国の利益確保のため北極圏の研究プラットフォームとなる「北極域研究船」の建造を決めた。砕氷能力1.2mで2026年就航予定という。
最近のニュースとして、中国が2019年に国産砕氷研究船(砕氷能力1.5m)を完成、また日本でも民間の動きとして、商船三井が建造した砕氷LNG船の第一船が2020年7月、ヤマル基地から北東航路を経由して東京湾に到着するなど、北極海をめぐる世界の動きは活発だ。
北極海の開発、利用について各国の利害の対立と調整、覇権争いは、北極海の氷の減少とともに激しさを増すと思われ、今後に注目したい。
■筆者プロフィール:山本勝
1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。
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