八牧浩行 2022年3月10日(木) 6時20分
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作家で、東京都知事、運輸相、旧日本維新の会共同代表などを務めた石原慎太郎元衆院議員が2022年2月、89年の生涯を閉じた。
作家で、東京都知事、運輸相、旧日本維新の会共同代表などを務めた石原慎太郎元衆院議員が2022年2月、89年の生涯を閉じた。政治家としての氏にスポットを当て、検証する。
◆繰り返した「好戦」「ヘイト」発言
石原氏は2014年12月16日、日本記者クラブで記者会見し、46年余りの政治活動からの引退を表明した。「今までのキャリアの中で歴史の十字路に何度か自分の身をさらして立つことができたことは政治家としても物書きとしてもありがたい経験だった。今、晴れ晴れとした気持ちで政界を去れる」と淡々と語ったところまではよかったが、このあと質問者とのやり取りで聞き捨てならない発言が飛び出した。
――石原さんは週刊誌で「やりたいことはシナ(中国)と戦争して勝つこと」と発言しています。文学者としての発言なのか、政治家としての発言か?日本政府が尖閣諸島を国有化した後に海域の緊張が続いています。どう考えますか?
「私が首相なら追っ払う。週刊誌のインタビューで『一番したいこと』を聞かれたので『シナと戦争して勝つこと』と話した。私は日本人として言いました」
――衝突が起きてもいいのですか?
「衝突を仕掛けているのは中国だ。けんかを仕掛けているのは向こうだ。日本の領海に入っているのはシナ人の方だ。頭を冷やした方がいいよ」。ある週刊誌のインタビューとは『週刊現代』(2014年8月9日号)が掲載した石原氏の短編集『やや暴力的に』(文藝春秋刊)の著者インタビューのこと。
この中で、今の野望は何か、と聞かれてこう答えている。「支那(シナ)と戦争して勝つこと」。この中で石原氏は「いちばんの野望は?」との問いに、驚愕の回答をしていたのだ。たとえ週刊誌上であっても、常軌を逸する過激発言だが、日本記者クラブの大ホールに集まった150人以上の記者とテレビカメラを前にした公式記者会見での発言となれば看過できない。「シナと戦争して勝つこと」が野望であっても、公の場で発言する内容ではない。「あれは文学上の言葉のあやで、本意ではない」ぐらいの答えを期待したが、悪びれた風もなく、むしろ誇らしげにやりたいことは「支那と戦争して勝つこと」と明言した。
閣僚、都知事、公党の代表を務めたベテラン政治家でありながら、ヘイトスピーチ的な過激発言を繰り返し、東京都知事時代には「尖閣諸島の購入」を宣言して領土問題再燃のきっかけをつくったのが石原氏である。
石原氏は問題発言を繰り返してきた。中国や韓国に対する「三国人」差別発言や「解決するためにはまず軍事力」「核を持たない限り、一人前には扱われない」など好戦的な主張のオンパレード。しかし公式の記者会見で、「敵国は支那」と特定した上で、「戦争して勝つ」 とはまともな政治家なら口が裂けても言えない発言である。
新聞・雑誌、テレビなど多くのメディアが石原氏の「言いたい放題発言」を放置してきた。それどころか、「読者が増え、視聴率が取れる」と煽ってきた面は否定できない。自ら「暴走老人」と名乗って繰り返した過激発言を肯定的に大きく取り上げたメディアもあった。
◆狙いは「対中戦争」?青ざめた野田首相
周知のように、日中関係が悪化したきっかけは、2012年9月の日本政府による尖閣諸島国有化だが、これを誘発したのは当時の石原都知事。半年前の4月に突如、米保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」で「東京都が尖閣を購入する」と爆弾発言した。当時、石原氏の行動の動機は尖閣という領土を中国に侵犯されないために、動きの鈍い国の代わりに立ち上がった、ということになっていた。だが、「いちばんの野望は支那(中国)と戦争して勝つこと」という発言を聞くと、単なる尖閣の防衛ではなく、戦争して勝つことが目的だったのではないか。
2012年8月19日夜、石原氏は野田佳彦首相(当時)と首相公邸で会談。この野田・石原会談に同席していた人物によると、石原氏は「中国と戦争になっても仕方ない。戦争をやっても負けない。経済より領土だ」と強調した。野田首相は石原氏の過激な好戦姿勢に青ざめ、「このまま都に購入させたら大変なことになる」と考えたという。
石原氏は中国を「支那」と呼び続け、異常な敵愾心を燃やした。その中国が、日本の数倍の経済大国に成長し、軍事外交的にも世界の中で存在感を増しているのが、我慢ならなかったようだ。中国と戦争をして今のうちに叩いてやりたい、と思ったのかもしれない。ベテラン政治家の品格もなければ矜持もない幼稚な考えである。尖閣諸島をあのまま都が購入していたら、武力紛争に発展しただろう。
実際、石原氏は97年5月6日、尖閣諸島に上陸した西村眞吾議員らに同行したが、船には自動小銃2丁、砲弾30発、銃弾1800発が搭載されていた。12年9月2日、東京都は石原氏の指示を受け、尖閣諸島周辺に「購入のための調査」を目的に船を繰り出した。都が集めた募金は15億円に達したが、使途は明らかにされていない。
◆領土争いが「戦争の引き金」になる
日中両国が「固有の領土」という立場だけを主張して挑発的な言動や行動を繰り返せば相手国の感情を逆なでし亀裂を拡大するだけである。偏狭なナショナリズムは繰り返し報道されることによって一気に沸騰しコントロールがきかなくなり、軍事的緊張から戦争へエスカレートしてしまう。石原東京都知事(当時)が主導した、尖閣諸島「購入」「上陸」計画は平和の海に嵐を呼ぶ危険な挑発だった。その後、尖閣問題をめぐり、日中双方に狭隘なナショナリズムが急速に広がり、両国のメディアでは「けしからん」「もっと毅然と」「弱腰になるな」と勇ましい言葉が飛び交った。
このような緊張した状況は日中双方に不利益をもたらす。最も大変なのは、日中間の最前線にいる人たちだ。ビジネスマンやその家族、留学生ら20万人以上の在留日本人が影響を受け、日本に住む中国人たちも同じような不安を強めた。世界最大の消費市場中国には、国有化の混乱後、日本に代わって米独韓国企業が進出、日本企業は出遅れた。対中輸出が激減、経済損失が数十兆円に達し、日本の経済成長率をかなり押し下げたとの試算もある。
筆者の知人の大手メーカー社長は「日本の経済界は石原氏の挑発で大きな損失を被った。中国には21万人が働いている。石原氏の行動は常軌を逸している」と憤りを隠さなかった。2014年の日中共同世論調査によると、「(相手国に)良くない印象をもっている」と答えた人の割合は両国ともに8割を超えており、両国の国民感情は最悪の状態に陥った。軍事大国化と憲法改正を目指し中国を嫌悪する石原氏にとって狙い通りの展開だったかもしれないが、日中両国民が被った損失は莫大だった。
◆石原氏を名指し非難した海外論調
尖閣問題に対する海外の論調は石原氏に厳しかった。英経済誌エコノミストは12年9月、「海外で大きく響く『日本のナショナリズムの高まり』―石原氏が火を付け、メディアが煽る」と題した論評を掲載。「日本はアジア諸国からの非難の嵐にさらされている。国粋主義の政治家が一人いるだけで、近隣諸国とのこじれた関係をほぐす積年の努力が無に帰すこともある。近年におけるそのような「一人の政治家」は、石原慎太郎氏だ。自民党総裁に安倍晋三氏が選ばれたことで、今後の国策の主流に極右派の意向が入り込む可能性がある。国内における反中感情の高まりは、こうした大衆主義者の目論見に有利に働くことになる。日本における大衆的ナショナリズムの高まりは、メディアの煽りに乗せられた結果である」と喝破した。
ジェラルド・カーティス米コロンビア大学教授は同月、「今回の領土紛争問題で最も愚かで無責任な政治家は、(竹島に上陸した)李明博・韓国大統領と日本の石原都知事である。自分の人気取りに外交を使う事はよくあるが、自国が実効支配している地域であのような行動を取る事は、国の利益に反するだけで、全く国益に貢献しない。この様な派手なパフォーマンスで国益を損なうのは、とびきり愚かで無責任な政治家としか言い様がない」と批判。石原氏の独善的な行動は結果的に尖閣諸島が係争中であることを全世界に知らしめてしまったのである。
◆石原氏「自民党と外務省がトウ小平と尖閣棚上げで合意」
石原氏には、日中間の「棚上げの事実」を認めた発言もある。12年11月30日、日本記者クラブで開催された党首討論会で、日本維新の会代表として出席していた石原氏は、尖閣諸島購入を言い出しその後の日中関係緊迫化の一端となったことをどう思うか、との質問に対し、「責任があるのは自民党と外務省がトウ小平と尖閣棚上げで合意したことだ」と抗弁した。これは「尖閣棚上げ合意」を自ら認めたものであり、「領海侵犯したから追い払え」発言と矛盾する。
◆人種・障害者・女性差別、戦争礼賛
石原氏は多くの傲岸不遜発言を繰り返してきた。政治家に必要な「モラルのかけら」もない。人種差別・障害者差別・女性差別…。テロや戦争礼賛発言も目立つ。主なものだけでも以下の通りである。
▽「ああいう人ってのは人格あるのかね」(77年9月17日、重い障害者がいる病院を視察したあとの記者会見で)▽「“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババアなんだそうだ。女は閉経してしまったら子供を産む力はない」(『週刊女性』01年11月6日号)、▽「(北朝鮮拉致被害者の)横田めぐみさんは日本的な美人だから、強引に結婚させられて子どもまで産まされた。誰か偉い人のお妾さんになっているに違いない」。(13年8月12日、横浜市内の街頭演説で)。
このほか「東京湾に造ったっていいくらい日本の原発は安全だ」「ヒトラーになりたいね、なれたら」「我欲の日本に震災が来てね、パーになった」「私は半分以上本気で北朝鮮のミサイルが一発落ちてくれたらいいと思う」―など枚挙にいとまがない。
今、世界はこの種のヘイトスピーチ的な言い回しを許さない。弱い立場の人や外国人を揶揄する差別発言を「面白い」「売れる」と見過ごしてきた新聞テレビ出版各社の責任も大きい。閉塞状況が続く日本ではこのような排他的扇動者に単純に共鳴する若者も多く、メディアが問題視しなければ今後に禍根を残す。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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