片岡伸行 2022年3月25日(金) 7時50分
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ロシア軍によるウクライナ侵略という現在進行形の事態を背景にして、その不穏な空気が日本列島にも伝播している。
ロシア軍によるウクライナ侵略という現在進行形の事態を背景にして、その不穏な空気が日本列島にも伝播している。軍事・武力によらない「平和的解決」を志向する声も散見されるが、その一方、危機意識を煽って「軍事・武力」の拡充・増強を声高に唱える言説が跋扈(ばっこ)しているように見える。
◆「ウラジミール」「シンゾー」の仲
代表的なものが「核共有を議論すべき」という提起である。ロシア軍侵攻の3日後(2月27日)にフジテレビの番組でこの議論を促したのは、自身の政権下で27回に及ぶ首脳会談をおこない、「ウラジミール」「シンゾー」と呼び合うほどの親密な仲になったという元首相であった。
核共有(Nuclear Sharing、ニュークリア・シェアリング)とは、NATO(北大西洋条約機構)の核抑止政策で、核兵器を持たない加盟国が自国の領土に核兵器を保管し、使用する場合はその国の軍隊が運搬に関与する。ひと言でいうなら「核同盟」である。
この元首相は「核共有」発言の3日前(2月24日)に、核保有国であるロシアのウクライナ侵攻を「断じて許されない」などと息巻いたが、原子爆弾の共有という「核同盟」に連なることと、核の脅威を背景にして独立国への侵略を企てることとは、無差別大量殺戮兵器である核兵器の威嚇と使用を「是」とする立場においては本質的に同じである。
◆「原子力基本法」「核兵器不拡散条約」に抵触
しかも、この「核共有の議論」には、法治国家を自認する現行の日本の法体系において二重の法違反が潜んでいる。一つは、すでに一部で報じられている「原子力基本法」違反である。同法第2条は〈原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行う(略)〉と定める。〈平和の目的〉ではなく軍事目的で、〈自主的〉ではなく核同盟の下で運営されるのが「核共有」である以上、その議論はまず原子力基本法の改定から始めなければならない。それを飛ばして「核共有の議論」を促すのは、まともな政治家の言説とは言い難い。
もう一つは、日本が1970年に署名・76年6月に批准した「核兵器不拡散条約(NPT)」にも抵触することだ。少し長くなるが、第1条と第2条にある「約束」の和訳全文を記しておこう。
〈第一条 締約国である各核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者に対しても直接又は間接に移譲しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造若しくはその他の方法による取得又は核兵器その他の核爆発装置の管理の取得につきいかなる非核兵器国に対しても何ら援助、奨励又は勧誘を行わないことを約束する。〉
〈第二条 締約国である各非核兵器国は、核兵器その他の核爆発装置又はその管理をいかなる者からも直接又は間接に受領しないこと、核兵器その他の核爆発装置を製造せず又はその他の方法によって取得しないこと及び核兵器その他の核爆発装置の製造についていかなる援助をも求めず又は受けないことを約束する。〉
つまり、核保有国は核兵器を持たない国に対して移譲も取得も管理もさせてはならず、それらの援助や勧誘もしないという「約束」をし、核兵器を持たない国には核保有国からの核爆弾の受領・取得・製造の援助などを受けないことを「約束」させている。「核共有」というのは、この「二重の約束」を破ること、すなわち条約違反に問われることだ。
日本の外務省のサイト(「核兵器不拡散条約(NPT)の概要」)でも、〈原子力の平和的利用は締約国の「奪い得ない権利」と規定され(第4条1)〉などと紹介しているのだから、その条約を自ら破り、「奪い得ない権利」を自ら放棄するような議論を促す元首相の浅薄な発言には呆れるばかりだ。ただ、呆れてばかりはいられない。
◆「永遠のファシズム」容易に転化も
「議論促し」発言の翌日(2月28日)、岸田文雄首相は参院予算委員会で「非核三原則を堅持するわが国の立場から考えて認められない」と否定し、自民党安全保障調査会も3月16日に「核共有は日本にはなじまない」などの意見が相次いだことから「当面採用しない方針」でまとまった。一見まともなところに落ち着くかに見える「核共有」議論だが、日本にはこうした無知蒙昧とも思える軍事増強の議論をすくい上げるメディアがあり、それに同調する空気が局所的に充満しているように見える。
2016年から17年に相次いだ「北朝鮮による弾道ミサイル発射」を機に「Jアラート(全国瞬時警報システム)」などという使えない代物で危機を煽りながら、2020年以降議論されている「敵基地攻撃能力の保有」然り、日本と中国が政治的にその領有問題を「棚上げ」していた尖閣諸島を日本側が一方的に「国有化」(2012年)したことで日中双方のナショナリズムに火がついた「尖閣問題」然り。危機を煽る土壌から敵意と悪意のナショナリズムが芽を吹き、繁茂し、やがてそれがウンベルト・エーコの言う「永遠のファシズム」へと容易に転化しうることは歴史が証明している。「ウクライナは決して他人事ではない」という言葉は、単に他国からの侵略に警戒すべきという意味で使われるのではなく、他国の危機に乗じ自国内の危機を煽る敵意のナショナリズムおよびファシズムに火をつけさせない(発動させない)という文脈でも理解されるべきであろう。
■筆者プロフィール:片岡伸行
2006年『週刊金曜日』入社。総合企画室長、副編集長など歴任。2019年2月に定年退職後、同誌契約記者として取材・執筆。2022年2月以降、フリーに。民医連系月刊誌『いつでも元気』で「神々のルーツ」を長期連載中。
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