<金融危機から四半世紀>経営破綻の連鎖はもう起きない?―不祥事とSNSに要注意!

長田浩一    2022年5月3日(火) 7時50分

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山一証券、北海道拓殖銀行などが経営破綻した1997年の金融危機から今年で25年。戦後最大と言われる取り付け騒ぎが発生し、日本の金融システムは崩壊寸前の状態にあった。写真は日本銀行。

山一証券、北海道拓殖銀行などが経営破綻した1997年の金融危機から今年で25年。危機のピークとなった同年11月は、山一などが破綻した後、戦後最大と言われる取り付け騒ぎが発生し、日本の金融システムは崩壊寸前の状態にあった。その後、様々なセーフティーネットが整備され、銀行、証券会社の統合も進み、日本の金融界は当時とは比較にならないほど安定したように見える。では、あのような金融危機はもう起きないのだろうか(金融機関や官庁等は当時の名称を使用)。

◆山一、拓銀など相次ぎ破綻

私事で恐縮だが、97年当時、通信社の金融担当記者だった私にとって、この年の金融危機は一生忘れられない出来事だ。バブル崩壊後、大量の不良債権を抱えて弱体化していた銀行や証券会社が、マーケットの圧力に抗しきれずに相次いで経営破綻した。毎日の取材に追われながら、日本の金融システムはどうなってしまうのか、強い不安を覚えたのを記憶している。

4月に金融担当になって間もなく、日産生命保険が大蔵省から業務停止命令を受けたのが危機の端緒だった。保険会社の経営破綻は戦後初めてのこと。5月から6月にかけては、第一勧業銀行の総会屋への利益供与問題が表面化し、同行の経営を大きく揺さぶった。

そして運命の11月。バブル期に世界最大規模と言われるトレーディングルームを設置して話題を呼んだ準大手の三洋証券が、3日に会社更生法を申請。17日には都市銀行の一角である北海道拓殖銀行の経営破綻が表面化。24日には4大証券に名を連ねる山一證券が自主

廃業し、全国に衝撃が走った。次いで26日朝には、かねて経営不安がささやかれていた徳陽シティ銀行の破綻が伝えられた。

◆戦後最大の取り付け発生

徳陽シティは仙台に本店を置く第二地方銀行(旧相互銀行)で、拓銀や山一に比べれば小ぶりの金融機関だ。しかし、三洋、拓銀、山一が相次いで倒れて信用不安が極限まで高まっていたところに、新たな金融破綻が報じられたことが、預金者の背中を押した。全国の金融機関の窓口に、預金の払い戻しを求める人々が押し掛け、戦後最大と言われる取り付け騒ぎが発生した。

特に”標的“となったのが、信託銀行の中で相対的に経営体力に不安があると言われていた安田信託銀行。私の同僚は、東京駅近くにあった同行本店に、多数の預金者が払い戻しを求めて並んでいたのを目撃している。安田信託の経営が立ちいかなくなった場合、同行と関係の深い富士銀行にも深刻な打撃を与えるのは必至。富士銀は都銀トップ行の一角で、東京都の指定金融機関でもあった。日本の金融システムは崩壊の瀬戸際にあったと言える。

ただ、ほとんどの報道機関が取り付けの報道を控えたほか、当時はインターネットの利用者は限られていたため、情報はそれ以上広がらなかった。同日夕には三塚博蔵相と松下康雄日銀総裁が連名で「大蔵省と日銀は金融システムの安定性確保に万全を期す。国民は冷静に行動を」とする談話を発表。日本経済は戦後最大の危機をギリギリのところで乗り越えた。

◆取り付けがあればSNSで拡散?

その後も、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の破綻(いずれも98年)などがあったが、公的資金投入のための法的整備などセーフティーネットの拡充と、銀行・証券の統合の進展により、2000年代初めまでに金融危機はヤマを越えた。現在は、一部地方銀行の経営不安が伝えられることはあるが、大手金融機関の経営は25年前に比べ安定しているように見える。もう、あのような危機の再現はないのだろうか。

「いや、完全に安心はできない」と語るのは、ある日銀のOBだ。「日本国債の大暴落でもない限り、金融システム全体が危機に陥るとは考えにくい。しかし、何らかの理由で個別金融機関が狙い撃ちされた場合、大手銀行であっても安心はできない」と言う。

四半世紀前と大きく違うのが、インターネットの一般化、とりわけSNSの普及だ。「もし取り付け騒ぎに近い事態が発生した場合、SNSであっという間に映像・画像が拡散し、標的となった金融機関は短時間のうちに危機的状況に追い込まれるだろう」というわけだ。

とはいえ、少なくとも大手の金融機関に限れば、経営体力は25年前より大きく向上しており、標的とされる心配はないように思える。ただ、一つ懸念されるのが、深刻な不祥事が表面化した場合だ。

◆第一勧銀、不祥事で窮地に

前述の第一勧銀のケースを思い出してほしい。あのときの同行は、多額の不良債権の存在が表面化したわけでも、インターバンク市場で資金を調達できなくなったわけでもなかった。総会屋に対し長年にわたり利益供与を行っていた事実が発覚し、世間の強いバッシングを受けるとともに信用と信頼を一気に失ったのだ。

実は、第一勧銀は利益供与事件の影響で預金を大きく減らしている。97年10月7日付日本経済新聞によると、同年度上半期で、同行の個人預金は5830億円、約4%減少した。他の大手都市銀行はすべて同期間中に個人預金を増やしており、特に最も経営が安定していると見られていた東京三菱銀行は1兆0400億円も増加した。同事件が嫌気され、第一勧銀離れが進んだのは明らかだ。ただ、当時はインターネットがそれほど普及していなかった上、預金流出に関する報道が控えめだったため、この程度の減少で収まったと言えそうだ。

もし今、このような不祥事が大手銀行に発生したらどうなるのだろうか。当時に比べ企業不祥事に対する世間の目は一層厳しくなっているし、小規模でも取り付けが発生したら、すぐにSNSで拡散されるだろう。その後の展開は、私には予測できない。

四半世紀前のような、金融システム全体が崩壊の危機に瀕するような事態は当面起きないかもしれない。しかし、特定の金融機関に深刻な不祥事が発生した場合、当時以上に厳しい状況に追い込まれる可能性がある。各金融機関は、コンプライアンス重視の経営を徹底する必要がある。

■筆者プロフィール:長田浩一

1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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