<シンガポールの公団住宅>一般国民に対する「アメ」政策=価格乱高下での「人心の乱れ」を憂慮

中村悦二    2022年5月20日(金) 10時0分

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都市国家シンガポールでは、国民の80%以上が、住宅開発庁が建てた高層住宅内の約109万にのぼるHDBフラット、通称HDB(公団住宅)に住んでいる。写真はシンガポール。

都市国家シンガポールでは、国民の80%以上が、住宅開発庁(Housing & Development Board)が建てた高層住宅内の約109万にのぼるHDBフラット、通称HDB(公団住宅)に住んでいる。公団住宅といっても、所有権保持者が多く、キャピタルゲインを狙っており、中古HDBの再販価格動向に敏感に反応する。

シンガポール政府は昨年末、「2020年第1四半期から民間住宅は9%、中古HDB価格は15%値上がりした」(デズモンド・リー国家開発相)として、印紙税率の引き上げや頭金の増額、住宅ローンの融資基準厳格化などの措置を導入し、不動産市況の過熱化防止策をとった。

同庁発表の2022年第1四半期の中古HDB価格指数は前期比2.4%の上昇。取引件数は年間ベースで8.5%減少した。都市再開発庁発表の不動産統計でも民間の住宅価格は昨年第4四半期の5%増に比し、今年第1四半期は0.7%の伸びにとどまった。政府の不動産ブームの沈静化努力はそれなりの効果があったようだ。今年は、「HDB購入者に課せられる5年間の居住期間(MOP)」明け物件が多く、基本的には様子見姿勢が基調とされるが、強気予測も根強い。

シンガポールは1965年8月、マレーシアからの分離独立を余儀なくされた。この時、シンガポール州政府の与党である人民行動党の指導者で、独立後から1990年11月まで首相を勤めた「建国の父」リー・クアンユー(故人)は、涙ながらに独立のいきさつを語った。手元にある、聯合早報とSONYが1995年に共同制作したCD-ROM「李光耀 LEE KUAN YEW」で見たが、その姿は感動的だ。

◆建国以来の公団住宅重視政策

独立後のシンガポールは、1党独裁下、積極的な外資導入で経済開発を進めると同時に、東京23区内程度の狭い国土に配慮し、また、華人だけでなく、マレー人、インド系のタミル人などが共生する求心力のある住環境の創出へHDBを「民族統合の装置」として開発し、公団住宅の分譲を始めた。これは、強権的な開発の成果を国民の持ち家促進に生かす「アメ」だった。1980年代には国家予算の20%前後をHDB開発に投じたという。現在でも、その公団住宅重視政策は続いている。

民間デベロッパーによるコンドミニアムはプールやジム付きのタワーマンションが多いが、HDBは古いものだと、窓から棒を出して洗濯物を干している光景がよく見られる。グレードの高いエグゼクティブHDBもあり、応募の多い新築物件は抽選制だ。HDBは賃貸にも出されているが、利回りの関係からか転売狙いが中心という。

HDBを買えるのは、35歳以下の場合、結婚時に夫婦2人の名義で可能。単身者は35歳以上から可能となる。同国では、中央積立基金(CPF)への加入が義務付けられていて、CPFを利用して住宅ローンを組める。永住権取得者は条件が合えば買えるが、外国人は購入できない。

◆「不動産市況対策」必要に

同国の土地のほとんどが国有地。最大99年など使用期間を一定期間に区切って貸し出す方式もあるが、HDBは99年リースが一般的のようだ。そのため、「99年問題」が中古HDBの買い手の頭をよぎるとの声もある一方、若い人の間で「築40年以上のものでもアップグレード化は可能」との見方が強いという。

2007年に同国で設立のスタートアップ企業で、この3月にニューヨーク証券取引所に株式上場を果たしたPropertyGuruは、住宅開発庁発表の今年第1四半期の中古HDB価格指数は前期の3.4%の伸びから鈍化したものの、「新規物件の工期遅れ、3万1000にのぼる年内のMOP明け物件の登場で、2021年ほどではないにしろ、2022年の中古HDB再販価格は上昇基調」と見ている。MOP明け物件はリノベーションをして市場に出すケースが多いようだ。ちなみに、昨年1-11月の100万シンガポール・ドル(9400万円)超えの中古HDB物件は227にのぼった。その中には、良好な立地物件だけでなく、比較的に郊外の古い物件でも5ルーム(日本でいう4DK)と広くリノベーションを反映したケースもあるとされる。

同じく住宅売買のウエブ・ポータル運営大手の99Groupは、持ち家希望者の中古HDB購入志向の強さ、コロナ禍での新築HDBの工期遅れなどで中古HDB需要は堅調としている。それに、「出入国制限の緩和で留学生増が見込まれ、賃貸市場も復活」と見ている。

住宅開発庁も中古HDBのウエブ・ポータルを設けている。

金融当局は金利引き上げの“注意信号”を送っている。一般国民に対する「アメ」であるHDB価格が乱高下しては、人心が乱れる。シンガポール政府は、注意深い不動産市況対策を取らざるを得ないようだ。

■筆者プロフィール:中村悦二

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)。

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