戦乱の世に蘇る「タゴールの忠告」=IT人材育成などバングラディシュ・モデルが花開く

大村多聞    2022年5月26日(木) 10時0分

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アジア初のノーベル文学賞を1913年に受賞したラビンドラナート・タゴールはベンガル文学の巨星とされ、「ベンガル人の国」を意味する「バングラディシュ」の国歌「我が黄金のベンガルよ」の作詞者だ。

◆アジア初のノーベル文学賞・タゴールの忠告

アジア初のノーベル文学賞を1913年に受賞したラビンドラナート・タゴールはベンガル文学の巨星とされ、「ベンガル人の国」を意味する「バングラディシュ」の国歌「我が黄金のベンガルよ」の作詞者だ。タゴールは岡倉天心、横山大観、成瀬仁蔵(日本女子大創設者)等多くの日本人と交流し日本に期待し好意と友情を寄せていた。

1930年代日本軍の中国侵攻が始まるとタゴールは「日本人がなぜ西洋人がやっている残忍な方法を近隣諸国に対してとるのか」と日本の軍国主義を鋭く批判した。日本人の多くは英国植民地のたかが詩人のたわごとにすぎないとしてタゴールの友情からの忠告を無視しあるいは反発した。

タゴールの長年の詩友野口米次郎が日中戦争での日本支持を求めて1938年タゴールに4度公開状を出した。内容は日本主導のアジア主義を唱え侵攻を正当化するものであった。

「信じてください。この戦争は征服のためのものではなく、中国の即ち国民党政府の誤った考えを正し、中国の純朴で無知な民衆により良い暮らしと知恵を与えるためのものです」「この戦争はアジア大陸に偉大な新世界を構築するためのものです」

公開状に驚愕したタゴールは都度激烈な返信を書いた。

「アジアのため中国を救うために中国の女子供を爆撃し古代の寺院や大学を破壊するのだと言っているようなものです」「あなたがたの考えるアジアの建設をなさろうとしておられるようですが、それは骸骨の山の上に建てるがごときもののようです」「いつの日か貴国民はとことん幻滅を味わされることになるでしょう。そして数世紀をかけて、彼ら自身の将軍たちが残した文明の瓦礫を片付けなければならないことを私は知っています」最後はこう結んでいる。「私が愛する日本国民に成功を祈ったりはしない。悔い改めることを期待する」

◆バングラディシュ―1億6千万人、人口密度実質世界一

バングラディシュはガンジス川下流ベンガル低地に位置し、北海道の二倍程度の国土に大国ロシアを上回る1億6千万人の人口を抱え人口密度実質世界一の国だ。1947年インドとパキスタンが分離独立した際、ムスリム多住の東ベンガルが東パキスタンとなりヒンズー多住の西ベンガルはインド領となった。その後西パキスタンの圧政が続き東パキスタンは1971年暮ベンガル人の国バングラディシュとして独立した。

パキスタンからの独立の際パキスタン軍の攻撃を受けバングラディシュは甚大な犠牲を被った。インドの戦争参加で独立を果たしたが、バングラディシュは貧困者数世界5位の世界有数の最貧国から出発した。近時は縫製産業の発展を基本に他製造業も徐々に成長し世界最貧国を脱出したが、まだまだ多くの貧困層を抱えている。

バングラディシュは日本にとって地政学上かならずしも重要な国とはいえない。日本への資源・食料の供給国でもない。しかし日本から同国に対して多くの善意の支援が届けられている。

◆日本の民間から寄せられている善意

「エクマットラ」とは「みなが共有できる一本の線」という意味で、ストリートチルドレン救済事業のNGO(非政府団体)だ。ヨットマンの渡辺大樹がアジア遠征の際路上で生活する子供たちに衝撃を受け、2003年ダカ大学の学生たちと創設した。渡辺は「読み書きのできない物乞い子供から社会のリーダーへ」をモットーにチルドレンホームを運営している。渡辺は「路上生活の子供は苦難を経験し他者への優しさと逆境に耐える強い心とハングリー精神を持ち、むしろ一般家庭の子供よりリーダーとしての資質を秘める」としている。

「グラミン・ユーグレナ」とは日本の(株)ユーグレナとバングラディシュのグラミン財団の合弁会社で、農業を通じて貧困問題の解決を図る「ソーシャル・ビジネス」を行っている。「ソーシャル・ビジネス」とは同国のノーベル平和賞受賞者モハメッド・ユヌスが提唱したビジネスの仕組みを応用して社会問題を解決するコンセプトである。ユヌス創業のグラミン銀行や多くの銀行が展開している無担保・低利の少額融資「マイクロファイナンス」がその一例である。(株)ユーグレナは創業者の出雲充が学生時代グラミン銀行にインターンに行き現地の貧困に衝撃を受けて帰国、食料・エネルギー問題解決のためユーグレナ(ミドリムシ)を食料・燃料等に利用する事業会社を興したものである。「グラミン・ユーグレナ」は2015年に3,200名のバングラディシュ農家と契約しモヤシ原料の緑豆の栽培を指導し1500トンを生産その半分を日本に輸出した。以降順次契約農家数を増やしている。

以上2例の他日本のNGO・企業は多岐にわたってバングラィデシュ支援の慈善事業やソーシャル・ビジネスを行っている。教育開発の「シャプラニール」、農業研修の「オイスカ」、ヒ素中毒被害者支援の「アジア砒素ネットワーク」、エコサントイレ普及の「日本下水文化研究会」、ソーシャル・エンタープライズの「グラミン・ユニクロ」等である。

◆官民連携のユニークな取り組み

日本のJICA(国際協力機構)の協力事業「バングラディシュIT国家資格導入プロジェクト」(2012~15年実施)により導入された安価な受験料による開かれたIT国家資格試験制度が軌道に乗り同国でIT人材のすそ野が広がってきている。

「宮崎―バングラディシュ・モデル」は2017年にスタートした国際協力と地方創生を合体した官民連携のユニークな取り組みだ。

・JICAがバングラディシュでIT人材の研修実施支援と日本への送出し支援を行う。JICAが面接試験を実施の上、初年度20名2年度以降40名を送り出している。

・宮崎大学が日本語特別講座を設け学生を受け入れ下宿等の世話も行う。

・宮崎のIT企業が学生のインターンシップ受け入れと採用を行う。

・宮崎市が誘致IT企業と大学に助成金を出すとともに広報活動を行い市民とバングラ人との交流を図っている。

卒業生の3割が宮崎、7割が東京等で就職し、いずれ本国に帰国しIT起業を目指す者が多い。技能実習制度で常態化している悪質な送り出しブローカーの介在を排除していること、日本側が行政・大学・企業・市民を挙げてバングラ人若者を受け入れていること、若者が帰国後祖国を担うことが想定されていること、のいずれも評価できる。

◆タゴール記念像に刻まれた「人類不戦」

タゴールが生前3回訪れ講話を行った軽井沢の旧碓氷峠見晴台に日本タゴール協会が1980年にタゴールの生誕120年を記念して記念像を建立した。当時の高良とみ日本タゴール協会会長は日本女子大英文科の学生時代、タゴール講話の通訳を務めている。記念像背後の白壁には東洋哲学の大家中村元の起筆によるタゴールの言葉「人類不戦」の文字が刻まれている。

プーチン・ロシアのウクライナ侵攻は戦前の日本の中国侵攻と重なる。タゴールならロシア国民に向かってなんと忠告するであろうか。

■筆者プロフィール:大村多聞

京都大学法学部卒、三菱商事法務部長、帝京大学法学部教授、ケネディクス(株)監査役等を歴任。総合商社法務部門一筋の経歴より「国際法務問題」の経験・知見が豊富。2021年に(株)ぎょうせいから出版された「第3版 契約書式実務全書1~3巻」を編集・執筆した。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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