われわれは将来世代にどれだけ負債を残すのか―さらに増える財政赤字と核のゴミ

長田浩一    2022年5月29日(日) 6時30分

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政界では与野党を問わず、積極財政派が勢いを増しているようだ。原油価格の高騰を背景に、原発再稼働を求める声も強まっている。

政界では与野党を問わず、積極財政派が勢いを増しているようだ。原油価格の高騰を背景に、原発再稼働を求める声も強まっている。昨今の経済・国際情勢を考慮すると、どちらもそれなりに説得力のある議論といえるだろう。しかし、現在60代後半の筆者は、どうしても自らに、そして同世代の人々に問いかけざるを得ない。「われわれが社会の中軸だった過去30~40年の間に、日本は財政赤字と核のゴミを大幅に増やしてきた。それらを適切に処理する道筋もつけないまま、さらに将来世代への負債を増やしていいのだろうか」―と。

◆国債残高、100兆から1000兆へ

私事で恐縮だが、通信社の駆け出し経済記者だった1980年に大蔵省(現財務省)の記者クラブに配属されることが決まったとき、勉強のために手に取った本が「国債100兆時代」という題名だったと記憶する。国債の発行残高が、間もなく年間予算額の2倍以上の100兆円に達する、日本の財政は大丈夫か、という内容だった。

それから40年余り。財務省によると、2021年度末の国債発行残高は991兆円で、1000兆円の大台に乗るのは時間の問題。国内総生産(GDP)に対する公的債務の比率は250%を超え、主要7カ国(G7)中最悪の財政状態にある。しかも2012年に政権に返り咲いた自民党政権が、集票を意識して積極財政路線の色彩を強めている一方、野党も消費税減税などの人気取り政策を唱えており、当面国債の増発傾向に歯止めがかかりそうにない。財政規律という言葉はもはや死語になりつつある。

こうした状況に危機感を抱いた財務省の矢野康治事務次官が、昨秋、歳出増を求める与野党政治家の動きを「バラマキ合戦」と断じる論文を月刊誌に寄稿し、警鐘を鳴らしたのは記憶に新しい。しかし、安倍晋三元首相が「政府の借金の半分は日銀が買っている。日銀は政府の子会社なので、満期が来たら返さずに借り換えて構わない」と、国債を増発しても財政がひっ迫する心配はないとの見方を示すなど、積極財政派にはそうした声は届いていない。「自国通貨を発行できる国家は、財政赤字を拡大しても債務不履行は起きない」として、財政支出の拡大を容認する現代貨幣理論(MMT)が米国の経済学者の一部に広まっていることも、彼らにとって追い風となっているようだ。

◆日本経済の脆弱化要因に

私はエコノミストではないので、国債をどんどん増発しても財政がひっ迫しないのか、明確に判断することはできない。ただ、既に世界最悪水準にある財政赤字のさらなる増加が、日本国債や円、日銀に対する信用にプラスに働くとは思えない。貿易収支の赤字が定着しつつある日本経済にとって、さらに脆弱性を増す要因になるのは間違いない。

何より、借金はいつか返さなければならない。われわれ日本人は、過去40年間に国債残高を10倍に増やしてきた。それにもかかわらず日本の相対的な経済力、国際競争力は低下しており、この間の膨大な財政支出が十分効果を上げたとは言い難い(それにしても積極財政派の人たちは、過去の財政出動の効果をどう評価しているのだろうか?)。そのうえでさらに借金を増やすとしたら―特に経常経費の赤字を埋めるための赤字国債の発行を加速させるとしたら―これから負債を背負っていく若い人たちにどう説明するのだろうか。

◆リスクを取らない政府と電力業界

もう一つ、われわれが将来世代に残そうとしている負債が、使用済み核燃料に代表される放射性廃棄物、すなわち核のゴミの問題だ。古儀君男著「核のゴミ」(2021年、合同出版)によると、日本の使用済み核燃料は現在約1万8000トン。ガラス固化体(使用済み燃料を液体ガラスと混ぜてステンレス容器の中に固めたもの)換算で2万5000本にも達する。原子力発電が本格化したのが1970年代後半だったので、国債残高と同様、この40年ほどで大きく増加したと見られる。

核のゴミは、将来世代にとっては財政赤字以上にやっかいな問題かもしれない。製造直後のガラス固化体の放射能は、人が至近距離で被爆したら20秒で死ぬほどすさまじく、自然界のウラン鉱石と同じ放射能レベルに下がるまで10万年もかかるからだ。万一外部に漏出したら、大変な環境被害をもたらす可能性がある。また、財政赤字のうち建設国債なら、後の世代もインフラの整備充実という形でメリットを享受することも可能だが、原子力発電の直接的な恩恵を受けるのは今の世代だけ。将来の日本人は、自分たちには何もいいことはないのに核のゴミの処理という難題だけを押し付けられる。

政府と電力業界は、ガラス固化体を地下深く埋める地層処分を行う方針を決めているが、処分場の場所さえ決まっていない。原子力発電が「トイレなきマンション」と呼ばれるゆえんだ。2年前に北海道の2つの自治体が処分場の候補地として手を挙げたが、北海道知事が難色を示すなど地元では反対する声も強く、先行きは不透明。そもそも、国策として原子力発電を推進してきたのだから、自治体の立候補を待つのではなく、政府や電力業界の主導で処分場を決めるのが筋だと思うが、誰もリスクを取ろうとはしない。

◆将来「無責任な連中」と言われないために

繰り返しになるが、国債、とりわけ赤字国債と核のゴミは、恩恵を受けるのは今を生きるわれわれであり、将来の世代は後始末を押し付けられる。そうであれば、世代間負担の公平性の見地から、それらを野放図に増やすことには慎重であるべきだ。少なくとも、国債を適切に管理したり、核のゴミを安全に処分したりする道筋をつける必要がある。

現在、国債の増発や原発の再稼働・新増設を唱えている人たちは、後世の人たちの負担軽減について具体的な対策を立てたり、ビジョンを提示したりしているのだろうか。そうでないとしたら、将来「2022年ごろの日本の指導層は、今さえ良ければいいと考える、無責任極まりない連中だった」と批判されても仕方ないだろう。

■筆者プロフィール:長田浩一

1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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