中村悦二 2022年6月7日(火) 8時0分
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独立後最悪の経済危機に陥っているスリランカ。写真は首都コロンボ。
独立後最悪の経済危機に陥っているスリランカ。辞任したマヒンダ・ラジャパクサ首相の後任として、同首相の弟のゴダバヤ・ラジャパクサ大統領からの指名で5月12日に首相に就任した野党・統一国民党(UNP)党首のラニル・ウィクラマシンハ氏の決断の日々が続いている。新型コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻という国際情勢下での国際通貨基金(IMF)からの救済措置取り付けといった経済分野だけでなく、民族問題、宗教問題など難題が山積。無力化した一院制の議会の権限復活という課題にも立ち向かっている。
ウィクラマシンハ首相は5月30日、特別声明を発表し、その中で問題は経済分野だけに限らないとして、両兄弟が率いた前政権時代に行われた、憲法の20次改正での大統領権限拡大・強化を縮小するため、憲法の19次改正の復活、正式には憲法の21次改正を根回ししている。2015年の19次改正は、UNPのラニル・ウィクラマシンハ総裁とスリランカ自由党(SLFP)のパーラ・シリセーナ幹事長(肩書はいずれも当時)が組んでマヒンダ・ラジャパクサ大統領の三選を阻止した後の政権(シリセーナ大統領、ウィクラマシンハ首相)時に行ったもの。19次憲法改正で導入された憲法評議会(Constitutional Council=CC)の下では、大統領はCCが推薦した候補の中から選挙管理委員会、公務員の人事委員会、汚職調査委員会、国家物品調達委員会など独立委員会の構成員を選出することが義務付けられた。
◆政権交代で繰り返される憲法改正、混乱に拍車
同国では政権が変わるごとに憲法改正が行われるのが常態化しているが、大統領権限を拡大・強化した20次改正での目玉は、前政権が設けたCCの廃止だったとされる。その結果、両兄弟の身内や取り巻きが閣僚に指名され、その手ですべてが決まってしまったとされる。
ウィクラマシンハ首相は特別声明の中で、独立前にあった州議会(State Council)にも言及し、議会の政策遂行能力・権限を強化する各種の委員会、そうした委員会の監査委員会を含め15の委員会を設けることを提案している。
同首相はまた、そうした委員会への若者の代表選出も提案。それには反対派グループや活動家グループからの参加も追求するとしている。さらに、同首相は国会の議長、首相、主要政党や野党の指導者から成る国家評議会(National Council)の設置を重視している。国難からの脱却に向けた一大連立政権の創出努力といえる。
憲法の21次改正に関する5月27日の会合にはタミル国民連合(TNA)からの参加がなかったため、6月上旬の会合で決定すると同首相はしている。しかし、TNAは議会の解散・総選挙実施を主張しており、すんなりといきそうにない。
◆IMFに救済措置求める
経済危機からの脱却では、IMFと協議を進め、救済措置を取り付けなければならない。IMFは5月9―24日、スリランカの当局者と救済措置が可能かどうかを探るオンライン協議を実施。その後に、深刻な国際収支状況、燃料・電力不足、国際的な食料・燃料価格上昇、インフレの高進などを指摘。特に貧困層・弱者グループの危機的な状況に深刻な懸念を示した。
ウィクラマシンハ首相は、5月末に、インフラ事業の削減、暫定予算の提出意向を示したが、IMFは両兄弟が牛耳った政権時代にとった減税政策などを問題視しており、スリランカ支援は「IMFの政策に沿った形になる」としている。スリランカ政府は5月31日、付加価値税を8%から12%へ、法人税を24%から30%へといった一連の増税案を決定した。
IMFの具体的な緊急支援は6月以降になると見られ、それまでのつなぎ融資として30-40億ドルの手当てをしなければならないとされる。
◆「一帯一路」が影響、中印などの「つなぎ融資」が頼り
ラジャパクサ兄弟は、中国の「一帯一路」戦略の下で、高利の融資による道路、鉄道、港湾などのインフラ開発を進めた。地元ハンバントタには不似合いの国際空港まで建設した。借金の返済に窮し、ハンバントタ港の運営権を99年リースで譲り渡さざるを得なくなった。中国には約35億ドルの債務の再編を申し入れたというが、中国が受け入れたという報道はない。中国はつなぎ融資枠設定には応じたようだ。
70歳を超えたベテラン政治家のウィクラマシンハ首相は、インドとの関係は良いと見られ、インドからのつなぎ融資枠は確保している。
日本は5月20日、林芳正外相が、スリランカに対する300万ドル(約3億8000万円)緊急無償資金協力実施を発表している。これは、国連の児童基金(ユニセフ)と世界食糧計画(WFP)を通じた医薬品と食料支援の資金協力だ。ラジャパクサ大統領は日本に対しても、つなぎ融資を要請しているという。
1951年9月にサンフランシスコで開かれた、日本と米国など連合国との第二次世界大戦の講和会議で、サンフランシスコ平和条約が締結され、日本の主権回復が認められた。その際、「憎しみは憎しみによって消え去るものではなく、慈悲によって消え去るもの」と演説したスリランカのJ・R・ジャヤワルデナ蔵相(当時)の恩は日本人の胸に刻まれている。第二代大統領となったジャヤワルデナ氏は大の日本びいきで、昭和天皇の大喪の礼にはいち早くはせ参じている。
古くは、仏教の最古のパーリー語経典「スッタニパータ」を伝えたのは南方上座部仏教、いわゆる南伝仏教。スリランカからタイ、ミャンマーなどを通じ日本にもたらされた。チベットなどから東アジアにもたらされた大乗と称する北伝仏教からは「小乗」などと蔑称扱いされるが、南方上座部仏教が本流とされる。この面でも日本とセイロン(現スリランカ)の関係は長い歴史を有する。
人口の13%強の約300万人が従事する観光が、世界的な観光復興の波に乗って勢いを吹き返し、また中東などへの出稼ぎ労働者からの送金も復活するという幸運(セレンディピティ)に遇うことも願ってやまない。
■筆者プロフィール:中村悦二
1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)。
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