anomado 2022年7月30日(土) 14時0分
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中華圏で制作されたドラマ、いわゆる「中国ドラマ」の人気が高まっている。写真はシャオ・ジャンとワン・イーボーが共演した「陳情令」。
■大量の制作費を投入して「ゴージャスな世界」を現出させる
中華圏で制作されたドラマ、いわゆる「中国ドラマ」の人気が高まってきた。株式会社NTTぷらら(2022年7月1日付でNTTドコモと合併。サービスは従前通り)は2020年6月4日、同社の動画配信サービス「ひかりTV」の同年4月の華流・韓流ドラマの視聴数が前年同月比約140%に伸びたと発表した。特に目立つのが中国ドラマの人気で、華流・韓流ドラマの視聴ランキングでは上位5位までを中国の歴史ドラマが独占した。中国ドラマの何が、日本人視聴者を魅了しているのだろうか。
中国ドラマなどの字幕作成を多く手掛けてきた岡田美希さんによると、日本人に圧倒的に人気があるジャンルはファンタジー系を含めて時代劇という。それらの作品では特に、膨大な制作費をつぎ込んだスケールの大きさが印象的だ。ドラマの制作費については分かりにくい部分も多いのだが、「女性セブン」2019年10月17日号によると、NHKの大河ドラマのように制作費を大量に投じる番組は別として、民放キー局のドラマ制作費は1話あたり2000万-3000万円が相場で、「抑え気味」の傾向があったという。
中国の状況はどうなのか。中国政府は2020年に発表したテレビ放送やネット配信用ドラマについての通達で、作品1話当たりの製作予算を400万元(約8000万円)以下に抑えることを推奨した。同件については、中国ドラマ制作産業協会の王鵬挙副会長が、新型コロナ感染症の影響を受けているとして、それまでのように制作費を湯水のように使うことが難しくなっていることを示唆した。
しかしそれにしても、政府が「400万元」という数字を持ち出したことは、それ以上の制作費を投じる作品も多かったことを意味する。ドラマ制作費の「相場」は、すでに中国の方が日本より圧倒的に高い。それだけの大金を投じているので、中国のドラマでは日本製ドラマではめったにお目にかかれない「ゴージャスな世界」をふんだんに堪能できるわけだ。
■「スッと入れて異国情緒も楽しめる」…日本人と相性よい中国歴史ドラマの世界
日本人にとって歴史上の中国は、イメージが湧きやすい。中国の昔話を扱った児童向け絵本も数多く出版されてきた。三国志演義や西遊記などもよく知られ、しかも繰り返し漫画化されたりした。日本に似てはいるが異国情緒も濃厚な「昔の中国」の世界に、日本人ならばスッと入っていける。
中国の時代劇は、国内ロケで多彩な背景を選べるという強みもある。たしかに中国ならば、荒涼たる砂漠が広がる新疆から水墨画を思わせる桂林まで、極めて多様な風景が存在する。大自然の光景を堪能して一種の旅行気分を楽しめるのも、中国ドラマの醍醐味の一つだ。
ファンタジー作品では、江湖(ジアンフー、アウトローの世界)を舞台にした「武侠」や「仙侠」もの、中国の伝説や神話をもとに神仙が登場する「玄幻」といった独特のジャンルがある。悠久の歴史を背景とする道教の文化や思想が垣間見える神秘性や、耽美な魅力のとりこになる人も増えているようだという。
■ネットの進化による「入口の拡大」も中国ドラマの普及を後押し
外国ドラマの視聴を取り巻く環境は、2010年ごろからの動画配信の隆盛で大きく変化した。放送用に制作されたドラマを視聴しようとしたら、かつては地上波か衛星放送の番組しかなかった。放送される機会はまれだった。特定のドラマについて「とてもよかった」と教えてもらっても、「後追い視聴」は難しかった。
日本では1980年代にレンタルビデオ店が急増したが、店舗の経営上どうしても、「集客力が確立している作品」を主力にする。店頭に並ぶアジア系作品は長期にわたって少なかった。しかも中華圏の作品の場合には、すでに知名度が高い香港映画などが中心だった。中国ドラマのファンが少なかった時代には、レンタルビデオ店も中国ドラマ人気の「起爆剤」にはなりえなかった。
今では動画配信がある。配信された作品がいつまでも視聴可能とは限らないが、「第1回にさかのぼって視聴を始める」といったことも、格段にしやすくなった。つまり「視聴の入口」が広がったわけだ。また、SNSの普及も視聴の拡大に貢献している。多少なりとも関心がある人なら、中国ドラマに詳しそうな人が「大絶賛」をつぶやいていれば自分も視聴したくなるものだ。このような経緯で中国ドラマに「ハマる」人が増えてきた。
■中国語学習と中国ドラマ視聴の関係…「卵が先か鶏が先か」
語学学習にドラマ作品を利用しようとする人も珍しくない。岡田さんによると、中国語ドラマはネイティブの発音を学べるので、中国語学習にはとても役立つはずという。中国の俳優養成システムでは、「普通話(標準中国語)」の能力取得が極めて重視される。従ってドラマの主要人物を演じるような俳優は「普通話」を完璧に使いこなす。中国ドラマは「生きた標準中国語」の学習材料としても、極めて有効だ。
また、少々格式ばった中国語会話では「成語」がよく使われる。「成語」とは多くは4文字の文句で、「画竜点睛」のように日中両語に共通するものも珍しくない。ただ中国語では「成語」がより多く使われる。中国人社会では「成語」がきちんと使えないと、「教養に乏しい」と見られてしまう場合がある。中国語学習者にとっては一つの関門だ。
中国ドラマでは、時代劇に「成語」が多く使われる傾向がある。動画配信ならば繰り返し視聴することも可能なので、使うシチュエーションと合わせて「成語」を身に付けることができる。教科書や辞書、さらには一般的なネット検索でも分かりにくい中国語情報が、中国ドラマにはちりばめられている。
なお、岡田さんによると「中国語を勉強するためにドラマを見る人よりも、中国ドラマにハマって中国語の勉強を始めた人が多いように思える」とのことだ。このあたりになると「卵と鶏のどちらが先か」という議論にもなってしまいそうだが、「中国ドラマを中国語学習に役立て、覚えた中国語を利用して中国ドラマをより深く楽しむ」ことはしっかりと実現できそうだ。
■専門家が紹介する「お勧め作品」とその「ツボ」
多くの中国ドラマにかかわってきた岡田さんには、お勧めの中国ドラマや今後のトレンド予想も尋ねてみた。岡田さんが実際に携わった作品の中でも特にお勧めの作品は「明蘭~才媛の春~」および「桃花シリーズ」の三部作である「永遠の桃花~三生三世~」、「運命の桃花~宸汐縁~」、「夢幻の桃花~三生三世枕上書~」、さらに「晩媚と影~紅きロマンス~」という。
「明蘭」は北宋(960-1127年)の官僚家庭を舞台に、主人公の女性の試練と成長を描くドラマで、脚本の秀逸さが光る。人を諭し諭される味わい深い会話も多く、字幕づくりの作業をしながらも、涙が止まらない場面が多くあったという。
「桃花シリーズ」の第一作「永遠の桃花」は、日本で中国ファンタジー人気を一気に押し上げた作品だ。主人公カップルはもちろん、サブキャラとして登場する煩悩だらけの神仙らも魅力たっぷりで、同作品に「ハマった」人は、「イチオシ」のキャラを必ず見出すはずという。
「晩媚と影」は武侠ファンタジー作品で、時の権力者の陰謀と、女刺客と文字どおり影のように付き従って守る「影」と呼ばれる護衛の禁じられた恋を絡めて物語が進む。主演のリー・イートン(李一桐)、チュー・チューシアオ(屈楚蕭)が役柄にぴったりの好演で、かなり過激な内容の原作小説を、切なくて美しい物語にまとめた脚本の素晴らしさにも感服したという。
■中国ドラマの「進化の軌跡」と今後のトレンド予想
なお、中国ドラマは演じる俳優とは別に、セリフには別の声優による吹き替えの音声を使うことが多かった。「晩媚と影」は撮影当時の2017年には少なかった、演じた本人の声を使った作品としても、画期的だった。中国ドラマは「独自の進化」を続けており、そのあたりも実に興味深い。
中国ドラマを取り巻く「独自」な状況としては、近年になり、男性同士の近しい関係を描くブロマンスドラマが人気を博したことがある。シャオ・ジャン(肖戦)とワン・イーボー(王一博)が共演した「陳情令」、ゴン・ジュン(龔俊)とチャン・ジャーハン(張哲瀚)が共演した「山河令」は爆発的ヒットとなり、4人は一躍トップスターの座を得た。両作は日本でもたびたび放送され、「沼落ち」する人が続出。これまでに中国ドラマを見たことがない日本人をもとりこにし、新たなファンを獲得している。
また、中国ドラマの多くはOST(オリジナル・サウンド・トラック)がとても素晴らしい。登場人物や作品の世界観に当て書きしたOSTが多いため、ドラマ鑑賞中に回を重ねていくうち、歌詞の意味が分かってきたりして、そちらも楽しむことができるという。中国の作曲家やアレンジャーは、1980年代に西洋の音楽をよく知るようになり、長い年月をかけて技量を向上させてきた。その成果が中国ドラマの「高品質のOST」として結実している。
岡田さんによると、中国ドラマの今後の注目ジャンルは、サスペンスやミステリーという。それ以外にも例えば「軍旅」と呼ばれる軍隊を舞台にしたジャンルがある。人気俳優や旬な若手俳優を主役級に起用した作品も多く、それまで時代劇やラブコメ、ラブロマンスの視聴を通して感じていた俳優の魅力とは異なる、イメージのギャップも楽しめる。岡田さんは、このような日本人向けに紹介されることがこれまで少なかったジャンルの作品も、今後は増える可能性があると予想している。
■「言葉のプロ」として、作品の神髄を日本人にどのように伝えるか
外国語作品を鑑賞する場合に、最大の障壁になるのは言葉だ。そのために字幕作成などの作業が行われる。翻訳者にしっかりとした外国語理解能力が求められるのは当然だが、それだけではない。
漢字だけが使われる中国語をそのまま日本語に訳せば、文字数が2倍程度に増えてしまうことが珍しくない。そして動画などの場合には、画面に表示する文字数に厳しい制限がある。限られたスペース内に表示して、しかも視聴者がただちに理解できるようにするためだ。
だから、画面や前後関係によって状況を確実に理解できると判断すれば、文字を思い切って削ることがある。例えば、直訳すれば「あいつは以前と同じ失敗をまた繰り返したのか」となるセリフだったら、「またやらかしたのか」にしてしまう。セリフを言った人物の特徴やその場面の雰囲気に合致していると判断できれば「またかよ!?」にしてもよい。「日本語のこの文字列を目にした人の“言語脳”が、その瞬間にどのように反応するか」などに対する判断力を含めて、字幕作成には高度な日本語能力が求められる。
岡田さんによると、ドラマ作品の字幕作成の仕事では、ストーリー全体の理解や登場人物の心理状態の理解が極めて重要だ。原語セリフがとても美しい言葉だった場合には、日本語字幕も美しい表現にせねばならない。かといって、原語以上に美しい表現もよくない。岡田さんは「原語の意味や情緒を上回る字幕にならず、逆に下回る字幕にもならないように気を付けている」という。(インタビュー/如月隼人)
【岡田美希さんプロフィール】
中国語映像翻訳者、ライター。中国留学後、中国企業に勤務し、07年から中華圏のエンタメ情報の翻訳・執筆を始める。ドラマ・映画の下訳を経て、10年から映像翻訳業に携わる。上海、台北に数年間の在住経験あり。最新字幕作品は「君を見つけた~僕の最愛の友達~」(CS衛星劇場にて、2022年8月15日より日本初放送)
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