八牧浩行 2022年8月5日(金) 13時30分
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ペロシ米下院議長の台湾訪問を受け、中国は大規模軍事演習で対抗姿勢を示した。写真は台北101。
ペロシ米下院議長の台湾訪問を受け、中国は大規模軍事演習で対抗姿勢を示した。米中両国にとって決定的な対立の回避と台湾問題の平和的解決は共通の利益である。双方とも表向き強硬姿勢を隠さないが、対立の先鋭化は望んでいない。
ただ両大国がせめぎ合っているのは、次代の主導権と覇権であり、対立の構図が長期化するのは必至だ。しかしベストセラー『資本主義だけ残った=世界を制するシステムの未来』の著者ブランコ・ミラノヴィッチによると、「米中は同じ資本主義で合理主義の国」。表面上の激しい対立の構図と裏腹に水面下では落としどころを探っている。
◆日本のEEZにミサイル5発
ペロシ氏の訪台に猛反発した中国人民解放軍は4日、台湾周辺で演習をスタート。台湾沖へ複数のミサイルを発射したと発表した。岸信夫防衛相は同日夜、日本の排他的経済水域(EEZ)内に5発が落ちたことを明らかにした。中国の弾道ミサイルのEEZ内落下は初めてだという。防衛省はEEZ外に落ちたものを含め計9発の弾道ミサイル発射を確認。5発は波照間島南西のEEZ内で、中国が設けた演習地域に落下したと推定した。発射場所は中国内陸部、福建省沿岸、浙江省沿岸の3カ所だった。4発は台湾本島上空を飛び越えたという。中国側は日中の領海境界やEEZは確定していないと主張している。
中国の演習が今後も続けば、偶発的衝突のリスクも高まる。こうした危機的な局面で重要なのは「外交力」である。ところが4日に予定されていた日中外相会談が突然中止になったのは日中双方にとって痛手である。中国側が中止を申し入れた。中国外交部の華春瑩報道局長は記者会見で、主要7カ国(G7)外相がペロシ米下院議長の訪台を巡る共同声明で「不当に中国を非難した」からだと説明したが、外相会談は2国間の貴重な外交チャネルであり、何とか繋いでほしかった。9月末の日中国交正常化50周年を控え、関係改善へ歩み寄りを見せていた日中両国だったが、今後の見通しは当面不透明になった。一刻も早い仕切り直しを望みたい。
◆5月以降の米中対話モードの継続を
今年5月以来、米中は対話モードだった。インドネシアのバリ島で7月9日に会談したブリンケン米国務長官と中国の王毅国務委員兼外相は対中関税引き下げ問題や首脳会談などについて5時間余り協議した。ブリンケン氏は会談で「対面外交に代わるものはない」と表情を崩しながら語り、王氏も「両国が正常な交流を維持し、この関係が正しい軌道で進み続けるようともに協力する必要がある」と呼応した。中国外交部は会談を「両国の将来のハイレベル交流のための条件を整備した」と指摘した。
ブリンケン氏は「米国は2国間関係におけるリスク要因の管理に力を注ぐ」と話した。台湾や人権など幅広いテーマで対立点を抱える米中が当面は緊張緩和にカジを切りつつあったのは、今秋に両国で重要な政治イベントが控えるためだ。11月の中間選挙を前に関税の引き下げでインフレを抑えたい米国と、秋の共産党大会を前に低迷する「経済」を国向けの輸出増でテコ入れしたい中国の利害は一致する。
7月28日の米中首脳電話会談は米国の要請によるもので、多岐にわたる問題がテーマとなった。最大の課題である約40年ぶりの物価上昇への妙案がないバイデン大統領にとっては、政策を総動員する姿勢を示す思惑があった。3期目続投を目指す習主席にとっても秋の共産党大会に向けて安定的な対米関係は必須である。
問題は、米政権が与党内の一政治家の「信念」に基づく行動を持て余していることだ。バイデン大統領はペロシ氏の訪台計画について「米軍は今は良くないと考えている」と記者団に漏らしたものの、三権分立のなかで下院議長の行動を制約することはできず、民主党政権の首脳間の意思疎通の悪さを露呈しただけに終わった。
◆過激な主張と行動の悪循環を断て
米国からすれば、中国が台湾を力ずくで統一しようとする動きを先んじて制する戦略の一環だということもできる。一方中国からみると、米国が米中関係の基礎である、1972年の米中国交正常化以来の「一つの中国」政策を徐々にないがしろにしていると疑念を抱く。双方の主張は国内世論もにらんで平行線をたどり、強硬な言説が一方的な行動を招く悪循環に陥ろうとしている。
7月28日の電話首脳協議の中心は台湾問題だった。中国は議会と政権を分けて考えておらず、習氏はバイデン氏に「ペロシ氏の訪台抑止」を求め好感触を得たため、バイデン氏が止めてくれるとの期待を抱いたようだ。結果的に本気で止めなかったと不信感を抱いたとみられる。
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は8月4日の記者会見で、中国が台湾周辺で弾道ミサイル発射を伴う軍事演習を実施したことについて「無責任だ」と非難した。その一方で米軍による大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を延期し、中国と緊張拡大を望まない考えも表明。カービー氏は「我々も危機を模索したり、望んだりしない」とも訴えた。具体策として米軍が今週予定していたICBMの発射実験は延期したと指摘した。中国との対話ルートを維持していくと述べた。
米政権は「従来の一つの中国を基本とする台湾政策の堅持する」と繰り返しており、ペロシ氏本人も台湾訪問にあたって「一つの中国」に言及し、堅持を表明した。
中国も矛を収めるべきである。実質経済(購買力平価方式)ですでに米国を凌駕し、軍事力でもアジアではトップの兵力を確保した今、習主席が提唱する「人類運命共同体」「王道」の道を歩むべきだ。「和せば益を生み、争えば互いに傷つく」との警句を想起すべきであろう。
11月の中間選挙で民主党は下院の多数派の地位を失うのは確実とされ、ペロシ氏が議長でいられる時間も秒読みに入った。対中戦略の一環というより、米下院議長として四半世紀ぶりとなる訪台を自ら実現したいという政治家個人のエゴが先走った印象は残る。
激しい「対立」が長期化する米中だが、両国はもともと合理主義の国。経済の相互依存はさらに深化し、金融・経済界は「中国での金融産業利権を失うな」とロビー活動を活発化、各レベルで対話を繰り返している。中国甲斐口で開催されている各種貿易産業展示商談会には米国著名企業がこぞって出品。米中貿易は引き続き拡大しており、トランプ政権以来の対中デカップリング(切り離し)は失敗したとみなされている。世界景気が低迷する中で14億人の世界最大の市場はなお魅力的だ。米欧豪院インドをはじめ東南アジア、インド、アフリカ、中南米など大半の国で中国が最大の輸出相手である。
◆「軍拡」より「外交」努力を
利害が一致すれば、ニクソン大統領(当時)の電撃的な訪中(1972年2月)などにみられるように、想定外の展開もありうる。対立は「緩和」に向けて動き出している。米中間選挙と中国共産党大会の大イベントがクリアされれば、「落ち着いた関係」に回帰すると期待する向きも多い。
訓練海域だけでなく、台湾周辺の海域・空域では警戒・監視にあたる米中両軍、自衛隊の航空機や艦艇などの間で偶発的衝突が起きないとも限らない。米中両国、そして日本も含め、偶発的衝突を回避する相互の対話メカニズムのための協議加速が急務だ。
東アジア地域がにわかに緊迫化したことは確かである。台湾有事になれば、日本にも飛び火しかねず、「戦場」になるのは米本土ではなく、台湾と日本である。中国、米国、台湾の当事国はもちろん、近隣の日本、韓国、北朝鮮の自制が望まれる。巨額財政赤字や高インフレに悩む各国にとって「軍拡競争」による負のスパイラルに陥るのは愚策である。
そこで日本はじめ各国に期待されるのは「外交努力」である。今年は1972年9月の日中国交正常化以来50年に当たる。来年は平和友好条約締結(1978年)から45周年。日中両国は、歴史的、文化的、経済的に切っても切れない「永遠の隣国」。中国には2万社が進出、20万人以上が駐在する。なお進出している。米中が対話を進める中、貿易・投資など経済で大きく中国に依存する日本としても相互交流を促進するべきであろう。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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