吉田陽介 2022年10月6日(木) 7時30分
拡大
中国では「懶人(怠け)経済」といわれる、家事にかかる時間の短縮を目的とする商品やサービスが人々に支持されている。
■「怠けるのは悪?」
拡大する「怠け経済」市場
「自動でご飯作ってくれるロボットがあったら」と一度は感じる人も多いと思う。中国では「懶人(怠け)経済」といわれる、家事にかかる時間の短縮を目的とする商品やサービスが人々に支持されている。
インスタント食品や出前、ネットショッピングなどが「怠け経済」の例だ。
2018年、中国人の「怠け経済」への消費は160億元に達し、前年に比べ70%増となり、確実に中国人の消費の新たなトレンドになっている。8月に公表された「2022年消費トレンド報告」には、「質懶生活」という言葉が登場した。「怠け経済」は単に時間の短縮を追求したものだが、「質懶生活」はより質の高い生活、よりスピーディーな生活を追求したものだ。
また報告によると、調査対象者の33%が「質懶生活」について、「人類の進歩と社会の発展を示したものだ」と前向きにとらえている。
「怠け経済」は言葉だけ見れば、「やるべきことをせずに楽をする」というマイナスのイメージがあるが、決してそうではない。新しい時代に合わせた生活様式と言っていい。
■「料理に2時間、食べるのに5分」も
機械を使って過去のものに
調理ロボットは「怠け経済」の一つだ。
現在の中国は改革開放が始まった当時と違い、生活に必要なものが基本的にそろっており、人々はより良いものを追求するようになった。家電製品も、以前は使えればよかったが、現在は人々の生活習慣に合ったものになる必要がある。
北京や上海などの大都市の人々の生活のテンポが速く、食事の準備は「面倒な作業」の一つだ。出前や外食で済ますという手もあるが、健康的とは言えないため、いつも食べるものではない。また、独身の人にとって、食事を作るのは「面倒」だ。筆者も独身時代に経験があるが、1人分の料理を作るのは難しく、どうしても余ってしまう。せっかく作った料理を無駄にすることはできないので、何日も同じおかずを食べるということになる。
「報告」によると、すべての日常生活の消費のうち、料理は中国国民の「怠けたい」ものの最たるもので、多くの家庭は出前料理(37.4%)、温めるだけで食べられる調理済み料理(37.2%)を利用している。
ここ数年、お湯を使わないで温めることができる「自熱鍋」などの食品も、消費者の間で流行っている。これらの食品は手軽に食べられるが、前述のように日常的に食べると健康にも良くないし、安全・衛生面の心配もある。
それに対し、調理ロボットは、調理する時間がない人も安心して健康的な食事を楽しめる。今年の北京冬季オリンピックで、選手村の食堂は調理ロボットが料理を作っていることをメディアの報道でご存じの読者も多いかと思うが、現在の中国はこの手のロボットが発達している。レストランで、料理を運ぶロボットを時々見掛ける。こうしたロボットの発展に拍車をかけたのはコロナ禍だ。
コロナ禍では、感染リスクを考え、無接触でのサービスが行われた。人と人との接触なら、「この人大丈夫か」と思って身構えてしまうが、ロボットなら、その心配はない。
「料理に2時間、食べるのに5分」といわれるように、中国料理は食材の準備、調味料の準備、調理、食器の後片付けなどやるべきことがいろいろある。例えば、日本人にもなじみが深い餃子も、手作りするとなると、皮となる生地作り、具の材料の準備、具を皮に包む、ゆでるなどの工程があり、慣れていないと1日仕事になる。筆者も妻と2人で餃子作りをしたことがあるが、午前中に準備して、ゆでられるようになったのは夕方近くだった。こうして苦心して作った餃子は、食べ始めて10分もしないうちになくなってしまった。このように、手作りにこだわると、時間的コストがかかるため、普段は冷凍餃子を食べるか、外で食べるかで、手作りするのは春節前という家庭が多い。
調理ロボットというと、全自動のロボットをイメージしがちだが、一般家庭用のものもある。それは一般的に、すべての工程をするのではなく、炒め物をするというものだ。値段は1000元するものから数百元のものまであり、大衆化しつつある。
料理だけでなく、掃除も時間がかかる家事だ。筆者の家には猫が3匹おり、半日掃除しないと、部屋が毛だらけになる。そのため、掃除は欠かすことのできない日課になっている。その手間を省くものは、掃除ロボットだ。AI(人工知能)がごみを察知する掃除ロボットは日本でも売られているが、家事負担を減らすものであることは間違いない。
前述のように、「質懶生活」は時間を節約するだけでなく、自分の生活の質を高めるためのものだ。そのため、忙しいビジネスパーソンに向けた簡単なマッサージ機も売れているという。例えば、目の疲れを癒すためのアイマッサージ機も人気を集め、家庭で使える女性用の脱毛機も売れている。それらが売れているのは、マッサージに行く時間を節約するためだ。
このように、「質懶生活」は家事時間の短縮だけでなく、仕事の活力につなげるものにもなっている。
■「家庭の平和のために」!?
「質懶生活」が流行った理由
どうして「質懶生活」が新しい消費トレンドとなったのだろうか。二つの原因が考えられる。
一つ目の原因は、「精神生活」を豊かにしたいというニーズがある。
改革開放前は、生活に必要なものを手に入れることが重要で、「ものが手に入る=いい生活」という考え方だった。だが、生活に必要なものが手に入る現在は、より良い生活を求める傾向になり、物質的なものでなく、「精神的」なものを追求する。
今は、IT手段が発達しているため、インターネットゲームをしたり、ネット上でドラマなどを見ることもできる。また、今はコロナ禍で難しいが、休みの日には旅行に行くこともできる。さらに、絵画やピアノの趣味関連の塾や語学関連も多くなっており、別のスキルを身につけるチャンスもある。
人々の消費の選択肢が増えたため、家事に必要な時間を節約して、自分の好きなことをしたいと思う人が少なくない。筆者の妻もゲームが好きで、家事をさっさと片付けてやっている。それは、家事に使う時間を節約できるものが支持される原因の一つとなっている。
二つ目の原因は、長距離通勤、長時間労働の傾向だ。
近年、「996」という働き方が問題になったが、業種によっては長時間労働を強いられる。その背景としては、競争が厳しく、結果を出さなければ解雇されやすいことが挙げられる。
IT企業に勤めている中国人の友人は、毎晩10時まで残業することは当たり前で、10時以降に仕事が終わることも珍しくなく、家に帰ったら、シャワーを浴びて寝るだけだという。平日がこういう生活だと、休日は何もしたくなくなる。独身ならだらだら過ごすことができるが、結婚しているとそうはいかない。
中国は共働きが多いので、家事は分担するのが当たり前になっている。どちらも仕事をしていると、お互いに何もやりたくないと感じているため、家事をめぐってけんかにもなる。そのため、家事の時間を短縮して、自分の好きなことをできるようにすることは「家庭の平和」にとっても望ましいことだ。
以上のような原因から、家事の時間を節約しながら、より良い生活を追求する「質懶生活」が新しい消費トレンドとなっているが、それを可能にしたのは中国のイノベーションだ。
現在も中国はイノベーションを重視しており、各企業は現在の消費トレンドにあった製品を開発している。重要なのは、質の高い「怠け経済」関連商品が安い値段で誰もが購入できるようになることだ。それが実現してこそ、今の中国共産党政府が提唱している「共同富裕」の状態に近づくのではないかと思う。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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