野上和月 2023年5月19日(金) 6時0分
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香港の労働市場はまれにみる売り手市場が続いており、とりわけ専門知識やスキルを持つ若者にとって給料の大幅アップや希望の職種に就く絶好の転職チャンスとなっている。写真は香港島の地下鉄駅構内の朝の通勤風景。
香港の労働市場はまれにみる売り手市場が続いており、とりわけ専門知識やスキルを持つ若者にとって給料の大幅アップや希望の職種に就く絶好の転職チャンスとなっている。大卒初任給の相場が既存の従業員の給与を上回るケースもあり、企業は人材争奪戦や従業員の引き留めに四苦八苦だ。
香港は、2019年に起きた大規模反政府デモと、その後の社会の急激な体制変化を嫌って海外に移民する動きが急増。ピークは越えたとはいえ、今も人材の流出は続いている。移民するのは医師や弁護士といった専門職や企業で高い地位に就いていた高額所得者が多いが、若者も少なくない。
加えて、香港は高い昇給を求めて転職する社会だが、新型コロナ対策で多くの企業が在宅勤務を導入したことで労働者の意識も変化。「少しぐらいの昇給なら、転職するよりも在宅勤務制度を継続している会社にとどまって働くことを好む若者も増えている」(日系人材紹介会社)。また、企業内で上層部が抜けたら下の者が昇級する動きもある。今の労働市場は、労働力人口が減っている上に、これまでのような転職重視のビジネスパーソンばかりではなく、専門職を中心に超売り手市場となっているのだ。
コロナ禍で経済活動が停滞していた時は企業もなんとか対応できたが、ポストコロナに向けてカジを切ると、人手不足は深刻だ。言い換えれば、若者にとって所得の大幅アップや、業界や業種転換など、またとない好機が到来したのだ。
例えば、会計士のAさん(33、男性)は昨秋、カナダに移民を計画中の友人から後任として外資系資産管理会社への転職を誘われた。提示された月給は当時の給与の3割増だ。「不採用になっても、今の企業での仕事は安泰」と強気で挑戦した。複数のオンライン面接や筆記試験を経て見事に内定をもらった。しかも、この会社は入社時期を今年2月まで譲歩した。Aさんが今年1月に勤務している会社からボーナスを支給される予定だったからだ。それだけでなく、月給は当初予想していた金額にさらに1000香港ドル(約1万7000円)を上乗せした。しかも週4日は在宅勤務という周囲もうらやむサクセスストーリーを描いて転職した。
小さな金融機関に勤めていたBさん(28、男性)は、コロナ禍で3年間給料は据え置きだった。昨夏結婚し、社会がポストコロナに向けて動きだしたのを機に転職活動を始めたら、面白いように、英系銀行大手、地元準大手銀行、米系保険大手から次々と内定をもらい、今年2月までの3カ月で3社を渡り歩いた。3社とも同時並行で面接を進めていたが、企業側の決定に時差があったため、好条件の会社に乗り換えていったのだ。年収は転職前の5割増になる。香港では試用期間中は雇用側も被雇用者側も短期間で雇用契約を解除できるので、こうした入退社が普通に起こりうるのだ。
ほかにも、人事総務職に応募したら、会計スキルもあることが企業側の目に高くとまり、1次面接の直後に役員面接をし、その日のうちに内定通知を受け取った女性(31)もいる。月給は2割増となった。また、コロナ禍の間に、香港在住7年が過ぎて香港永久居民となった中国本土出身の40代前半の男性は、日系企業から欧州企業に転職して給料がほぼ倍になったという。
さらに、希望の業界や職種に華麗に転職した人もいる。
小売業界で顧客サービスの経験を積んだ男性(40)は、顧客サービスの経験と、自身の興味で培った投資経験と知識とで金融機関の顧客サービスに転職という異業種転換に成功した。
大手会計監査会社で3年間の経験を積んだ女性(28)は5月、念願の投資銀行に転職した。3年前は空きポストがなくて就職できなかった希望の職種だ。彼らは、給料は若干下がったが、「経験がないからスタート時点の給料が低いのは当然」と意に介さない。未来の礎を築いたからだ。
ほんの数年前までは、労働市場に人材があふれ、異業種からの転職は難しかった。今は、希望のポストや大企業への転職など、無数の門戸が開かれ、キャリアアップや自分の夢をかなえるチャンスがあふれているのだ。
一方の企業側はどうか。中小企業は会計士など専門職が抜けた穴を補充するのに四苦八苦だ。人材紹介会社を頼っても適材の候補者に巡り会えない。やっと面接を設定しても、その前に別の会社が内定を出して採用の機会を奪われてしまうことも日常茶飯事で、企業側はこれまでにないスピード決定が求められている。壮絶な争奪戦が繰り広げられているのだ。
大卒初任給の相場も1万8000香港ドル(約31万円)とも言われ、へたをすると既存の従業員の給料を上回る。企業は、社員の流出防止のために給料を上げたり、在宅勤務制度を持続したり、月に1回会社負担で豪華ランチをするなど躍起だ。
今の香港では、政治に口を出さなければ、資産を作るチャンスがある。「移民して現地で差別されたり、慣れない環境に苦労したりすることを考えれば、今は香港で資産を蓄えて将来に備えた方が得策だ」(Bさん)。労働市場に光を当てると、今の香港にはこんな転職の成功談がゴロゴロしている。
■筆者プロフィール:野上和月
1995年から香港在住。日本で産業経済紙記者、香港で在港邦人向け出版社の副編集長を経て、金融機関に勤務。1987年に中国と香港を旅行し、西洋文化と中国文化が共存する香港の魅力に取りつかれ、中国返還を見たくて来港した。新聞や雑誌に香港に関するコラムを執筆。読売新聞の衛星版(アジア圏向け紙面)では約20年間、写真付きコラムを掲載した。2022年に電子書籍「香港街角ノート 日常から見つめた返還後25年の記録」(幻冬舎ルネッサンス刊)を出版。 ブログ:香港時間インスタグラム:香港悠悠(ユーザー名)fudaole89
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