中国を代表する果物と言えば、多くの人がライチ（日本では「レイシ」とも）を思い浮かべるだろう。外皮をむけば、意外なほど“なまめかしい”果肉から甘い果汁がしたたり落ちる。独特の食感があり、気高い香気が口腔と鼻腔を満たす。唐代の玄宗皇帝に愛された楊貴妃も、ライチを愛した一人だったという。ライチの歴史やライチにまつわる文化や交流史とはどのようなものだったのだろう。ライチの種子資源や開化のメカニズムを研究してきた華南農業大学演芸学院の陳厚彬教授はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、ライチについて紹介した。以下は陳教授の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

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栽培史は2000年以上、多くの詩人がライチを題材に

文献によれば、中国では2000年を超えるライチの栽培史がある。ライチを扱った詩も多い。例えば唐代の詩人の杜牧（803－853年）の「過華清宮絶句」には、「一騎が紅塵を巻き上げてやって来れば妃は笑う。人は知らず、ライチが届いたことを」という一節がある。「華清宮」とは楊貴妃が湯あみをしたことで知られる。つまりこの詩は、ライチの到着を喜ぶ楊貴妃の様子を描いている。

宋代の蘇軾（1036－1101年）は、「1日にライチを300粒食べる。嶺南人に生まれ育つことを辞さず」と書いている。嶺南とは南嶺山脈の南の地域で現在の広東省や構成チワン族自治区などを含む。昔も今もライチの大産地だ。蘇軾は嶺南のライチが大好きで、当時はかなりのへき地だった嶺南でも、ライチをたっぷり食べられるならば、そこに生まれ育つのも悪くないと詠んだわけだ。

ただし、当時は実際にはライチが非常に希少な果物であり、一般の人がおいそれと食べられるものではなかった。皇室の人でも、ライチをむさぼることはせず、一粒ずつ大切に食べたという。その他、杜甫（712－770年）や白居易（772－846年）など多くの詩人が作品でライチを扱っている。

さまざまな「特徴ある品種」が登場、ライチの世界は広がった

ライチの原産地は雲南省の南東部で、その後、東や北に向かって広がっていった。栽培される地方は四川、重慶、海南、広西、広東、福建、ひいては台湾などにも広がった。ただし品質が最もよいのは、蘇軾が絶賛した嶺南のライチだ。

ライチは各地に伝わる過程で、自然の進化や交雑および人為的な選択を経て、品種が大いに増えた。中国での栽培な品種は300から400種ある。うち、栽培面積1が約6700ヘクタール以上と、かなり広く栽培されている品種は15ある。現在の中国のライチの品種の豊富さは、歴史上のどの時期をもはるかに上回っている。

過去と比べて現代のライチは大きく変化した。まず、さまざまな品種が登場したことで、ライチの収穫期が伸びた。かつては春ごろの極めて短い時期にしか収穫できなかったが、現在では2月から9月下旬まで6カ月以上も流通している。果実の大きさも幅が広がり、最も小さな品種は1粒が10グラム未満だが、最も大きな品種では1粒が約100グラムもある。また、種無しや種が小さい品種も登場した。果実の酸度は低下して糖度が上がり、果肉の繊維は少なくなった。

ライチは典型的な亜熱帯作物だ。ただし気温が高ければよいわけではない。最も重要なことは冬にはある程度気温が下がらなければ花を咲かせないことだ。熱帯地域でもライチを栽培することはできる。木はよく育つが、花が咲かせないので実はつかない。一方で温帯や寒帯地域では、ライチは冬の低温に耐えられない。一般的に、ライチの栽培地域は主に北緯18度から同24.5度の地帯だ。中国では広東省、広西チワン族自治区、福建省などが該当する。

2023年のライチの栽培面積は約52万700000ヘクタールで、約26万4000ヘクタールの広東省が最も広い。2023年の中国のライチの総生産量は前年比31％増の329万トンと予測されている。

世界的に見ると、ライチの栽培は北半球に集中している。中国以外にはアジアならばベトナム、タイ、ラオス、インドなどだ。米国やメキシコ、さらには南アフリカ、マダガスカル、オーストラリア、ブラジルなど一部の南半球諸国でも栽培されている。しかし栽培規模はいずれも小さい。これらの国の消費者がライチにさらになじんでいけば、世界のライチ栽培は大きく広がる可能性がある。

遺伝資源とライチ文化を後世にしっかり残すことがわれわれの責務

中国の古人は豊富なライチの遺伝資源を残してくれた。われわれには、この貴重な資源を保護する責任がある。私は、ライチの古樹の集中している地域を国家ライチ遺伝資源区に指定して保護することを提案する。

同時に、ライチの伝統文化を掘り起こし、発揚せねばならない。ライチの古樹は1カ所に根を張り、1000年の長きにわたりさまざまな自然災害を防ぎ、しかも毎年、果実を提供してくれた。粘り強さを示すライチの古樹は学ぶ価値がある。

嶺南では2000年の歴史を通じてライチの栽培が地域の特色ある農業文化遺産を形成した。ライチ精神は嶺南人々の精神文化の構成部分になった。全国的に見ても、ライチの文化遺産は極めて中国的な特色を持ち、かつ世界的な影響力を持つ。その保護と発展させるための研究をすることは重要な意義を持つ。

ライチが世界的に広く知られるようになったのは19世紀だった。現在では新鮮なライチが欧米諸国にも輸出されている。ライチは中国から世界への贈り物だ。中国は世界の栽培植物の起源の中心の一つでもある。ライチは中国と外国の文明が打ち解け合う上で重要な役割を演じてきた。ライチという特色ある果物は世界各国の人々の食の世界を広げたことになる。

中国としては今後、ライチ遺伝資源区の整備に力を入れねばならない。ライチの遺伝資源バンクを構築して、良質で貯蔵や輸送に強いライチの新品種をより多く開発し、特色あるライチ産業の質の高い発展を後押しし、栽培農家の増収を促進し、農村の振興と、都市と農村の共同富裕を後押しせねばならない。（構成 / 如月隼人）