COVID-19の影響で家でゴロゴロしている時に、本棚の角にある茶筒に目が留まった。「あっ、あれは細井さんにもらったものだ」。その上に置いてある手紙を開くと、3年前のことに思いを馳せた。

ズドン、ガタガタ、ガタガタ、エンジンの音が次第に弱まり、飛行機が無事に成田空港についた。日が暮れる前にホテルに集合しなければと思い、急いで高速バス乗り場に移動した。初めて日本に訪ねたので、周りの全てが珍しいと感じ、気づけばバスは既に沿海の高速道路を走っている。その時、「あのー、すみません、静岡県に行きますか」と誰かが私に話しかけた。

振り向くと、短髪な女の子が微笑みながら、「静岡県に行きますか」ともう一度聞き、私は「あっ、はい、そうです。牧之原にあるふじのくに茶の都ミュージアムに見学にいきますが」と私が答えた。「そうだと思った。はじめまして、同じ所の見学に参加する細井一葉と申します。お隣よろしいでしょうか」と、彼女は一緒に行こうと誘われた。「あっ、どうもはじめまして……」と私が自己紹介すると、「えっ、中国人ですか。私、杭州の茶園に行ったことがあるよ」と更にうれしそうに、杭州の経験を話してくれた。意気投合した私たちは、翌日一緒に見学しようと約束した。

翌日の朝、私達はお茶畑を見学した後に、お茶の先生にお茶の湯の心を説明してもらい、茶室で「和敬清寂」の雰囲気を感じながら、点茶を体験した。本当に楽しかった。そして、庭で休憩している時、細井さんに「王さん、昨日初めて会うのに、簡単に私の誘いに乗って、私が悪い人だったらどうするの」と聞かれた。私は「えっ、それは、細井さんが悪い人に見えないから」と答えた。「悪い人が、顔に悪人と書いてあるわけじゃないよ。王さんは純粋な人だね」と細井さんが面白半分に言った。私はほめられているのか、それとも馬鹿にされているのか、一瞬わからなくなって、「日本人は人情味が欠けていると聞いていたが、細井さんは違うね」と返した。

「えっ、日本人が人情味にかけると思うの」と細井さんは言われたことに戸惑った。しかし、自分が正しいと主張したいため、さらに「うん、例えば、日本人が職場などの礼儀に非常にこだわっているが、生活の中であまり人とのつながりに関心を持っていないと聞いたから。そうじゃないの」と付け加えた。すると細井さんは「そうではないよ。礼儀というのは、人に対する尊敬の心をもつことだよ。これも茶道の『和』と同じじゃない？　王さんが聞いた『人情味にかける』って、たぶん相手を尊重すべきという考えから、むやみに他人のことに手を出してはいけないってことじゃない？」と彼女は真剣な顔になった。

「もちろん、困っている人に対して手を差し伸べないという事じゃないよ。困っている人を見て見ぬふりするのは誰でも気持ちがいいものじゃないからね」と言い終わると、彼女の表情が少し緩んだ。周りが静かで、南風がそっと吹い、微かにお茶の香りが匂ってきた。私達はお互いを見て黙って笑った。その後、何を話したかはっきり覚えていないが、ただもうちょっとお茶の湯の心があればと後悔しているばかりだ。

そして3日後、細井さんからくれた茶筒と手紙を持って中国に帰った。あの夏、日本人に対する偏った印象が細井さんに変えられた。実は中日関係も同じではないだろうか。お互いに心を開いて絶えずコミュニケーションをとることで、理解し合える。今はお互いの国に行きすることは容易ではないが、ネットでチャットしたり、お互いの国の映画を鑑賞したり、いろいろなコミュニケーションができると思う。重要なのはお互いに敬い合い、相手のことを素直に理解し、誤解を解くことだと思う。

あの手紙の黄ばんだ便箋には、「王さんと出会えたのは、この夏の最高の贈り物だった」と書かれており、私も彼女との出会いはあの夏の最高の思い出だと思い返していた。

■原題：お茶の湯の心

■執筆者：王奕丹（天津師範大学）

※本文は、第18回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集『日中「次の50年」――中国の若者たちが日本語で綴った提言』（段躍中編、日本僑報社、2022年）より転載・編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。