吉田陽介 2023年7月5日(水) 7時30分
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AIの発達によって、一部の仕事がなくなるというのは珍しい話題ではない。写真は中国の物流業者。
人工知能(AI)の発達によって、一部の仕事がなくなるというのは珍しい話題ではない。筆者が長く従事していた翻訳はAIに取って代わられる可能性がある業界といわれている。そのほかにも、一般事務やスーパー・コンビニ店員、警備員、タクシー運転手、受付などはAIに取って代わられる仕事といわれている。
周知のように、中国はIT化が急速に進んでおり、一部のコンビニではレジ係がおらず、完全スマホ決済になっている。また、一部のレストランでは、ロボットが料理を運んでいる。
筆者が中国生活を始めた2001年当時は、団地のエレベーターにボタンを押すだけの人がいた。そんなもの、自分で押せるのに、この人を雇う意味があるのかとよく思ったものだ。団地に怪しい人が入ってこないか「監視」する役を担っていたのだと、今になって思う。だが今は、IT手段が発達しているため、その仕事はAIが行う方がより効果的だ。
ただ、無駄と思われるポストで人を雇うことは、雇用確保の面からいうと一定の効果があるが、効率を重視するようになった現在は、そういうポストは減少方向にある。
3日付の「脱穎財経」は、「AI技術がますます成熟し、広く利用されるにつれ、それは多くの分野で強力な代替能力を示している。従来の労働集約的な仕事は、自動化やインテリジェント化に取って代わられるリスクに直面している」と述べ、中国の雇用市場でその「代替効果」が起き始めており、ホワイトカラーも例外でなくなったことを示唆している。
中国では2000年代に入ってIT化が進んだが、コロナ禍で「無接触化」が叫ばれたことが一部の職種で人から機械への転換に拍車をかけた。技術の高度化は必然的に過剰人員を生み、失業者の増加を招く。ただ、企業目線で考えると、従業員を1人雇うより、機械を1台入れた方が経済的だ。
「脱穎財経」の記事が指摘するように、ブルーカラーはもちろんのこと、ホワイトカラーも影響を受けている。
記事は次のように述べている。
「AI代替効果の影響を比較的顕著に受けているのは、ルーチンワーク的で同じことを反復するような仕事だ。例えば、データ分析やレポート作成、カスタマーサービスなどの作業は、AIの自動化・インテリジェント化した技術によってより効率的に行えるようになり、人件費の削減や作業効率の向上につながる。この結果、一部の伝統的なホワイトカラーの需要が減少し、一部のホワイトカラー従事者が就業問題に直面することになる」
AIの波に飲まれる可能性のあるホワイトカラーの仕事は、営業、財務、監査、税務、教育・研修、ソフトウェア・インターネット開発、事務、カスタマーサービスなどだ。
教育・研修についていえば、学生の学習状況やニーズの把握、メンタルの問題への対処の点で人間が担うべき部分はまだ大いにある。ただ、現在日本でも教師の過重労働が問題になっているように、独習のサポートなどはAIに任せられる。カスタマーサービスも同様で、顧客のニーズが細分化しているため、全てをAIに任せられるかといえば、そうでもない部分もある。
「界面新聞」は2日、上海交通大学安泰経済管理学院で5月31日に行われた会議で、北京大学国家発展研究院経済学の張丹丹副教授が中国のAI化について語ったことを報じた。張副教授は、中国の大手求人サイト「智聯招聘」の2018年1月から2023年4月までの120万件の求人情報のサンプルを分析した結果、AIの「暴露度」(仕事の内容がAIに代替される程度)が高い職業では、新たな雇用・労働需要が大幅に減少していると指摘した。
その一方で、張副教授は注目すべきこととして、「米国はこの面で逆の傾向を示している。つまり、ある職業のAI暴露度が高いほど、それに対応する業界の雇用機会も増加している」と述べた。
前述のように、中国ではこれまで人間が担っていた仕事がAIに取って代わられる傾向がある。それは日本でも同様だが、それによってスピンアウトした人材の活用についてはあまり議論されず、変化に対応できなかった人が悪いという「自己責任」論の方が強調されがちだ。
こうした傾向について、張副教授は「AIを前にして、拒絶するのではなく、新しい技術をしっかりつかんで、発展させることが重要であることを、われわれに教えてくれている。そうすれば、無理な労働代替が発生することを回避でき、さらにはAIの力を借りてより多くの雇用機会を生み出すことができるからだ」と述べ、IT化に抗するのではなく、それと従来の仕事をいかに組み合わせるかが重要だということを示唆した。
上述の結論と米中の違いはまだ初期の研究結果であるため、これ以上の説明は報じられていないが、張副教授は会場の聴衆にこの問題を理解しやすくするため、一つの例を挙げて説明した。
「イラストレーターはAIの暴露度が比較的高い職業だ。米国でイラストにChatGPT(OpenAIが2022年11月に公開したAIチャットボット)を多く使うと、コストが大幅に下がるため、需要が大幅に増える。そのため、ChatGPTでイラストを描く人が増えているが、業界全体の就業者数は増えている。この場合、中国がこの仕事をChatGPTでやらなければ、グローバル化を背景に多くの需要が米国に流れていくことになる」
最後に、張副教授は次のような見方を示した。中国の労働市場はAIなどの新技術への目に見えた適応を目的とした調整が見られず、多くの人の失業というネガティブなイメージが強調されている。
冒頭で触れた翻訳についても、将来性がないという声も少なくないが、すべてがAIに取って代わられるとは思えない。書き手の心情を読み取ることや、書き手のクセに合わせて翻訳するのは、AIではなかなか対応できず、翻訳という仕事の性格が以前のように初めから終わりまで辞書や資料とにらめっこして翻訳するのではなく、AIの翻訳をより良いものに仕上げるというものに変わっていくのではないかと思う。
中国人のあるロボット技術者が数年前に筆者に「機械は人間に取って代わることができません。あくまでも手段なのです」と語った。
当たり前のことだが、技術者が言ったので、妙に説得力があった。前出の張副教授の言ったAI化の逆の方向とは、このことを念頭に置いてのことだろう。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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