よく「日本ははんこ文化の国」という。最近では「デジタル化の流れを阻害」とする批判の声も強いが、「はんこ文化」が長年にわたって日本文化の構成要素の一つであり続けたことは事実だ。そして、日本の「はんこ文化」は中国から伝わったものだ。中国で「はんこ」すなわち印章または印鑑が発生したのはいつだったのか、中国社会ではどのような位置づけなのか、さらに日本に伝わった「はんこ文化」はどのように変容したのか。中国出身で日本に40年以上滞在して研究や著作活動にいそしんできた法政大学の王敏名誉教授は、このほど中国メディアの中国新聞社の取材を受けて、日中のはんこ文化について語った。以下は王名誉教授の説明の概略に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

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不正防止のために登場した印章が美の表現の手段に

印章の歩みについては、文字の起源から語るべきと思う。印章は文字の発展過程の中で生まれた1種の必然的な表現方式と考えるからだ。文字はさまざまな素材と結合してこそ表現手段になる。印章はその素材の一つだ。

「淮南子・本経訓」には、蒼頡という人物が文字を作りだした時に「天は粟を降らせ、鬼は夜に泣いた」と記している。これは、古代人が文字を「天意に通じるもの」と考えていたことを示す。文字は自然や宇宙と交流する有効な手段であり、人類の積極的進取や知識を求めて止まない精神を反映するものだった。

「後漢書・祭祀志」には、「三皇には文字がなく縄を結んで統治し、五帝から文字を刻み始めた」という意味の記述がある。次の三王に至って、不正を行う者が出たので、印章が出現して悪の芽を摘むようになったとされている。この場合の「三王」は夏・殷・周の君主と考えられている。これは中国の印章の起源についての史書による比較的信頼できる記録だ。この記録によれば、印章の誕生は素朴な公共意識と密接に関連し、最初は物品の所有権を明確にするために用いられた。春秋戦国時代になると、印章は王権と結びついてより大きな権威を与えられた。

戦国時代を集結させた秦は車の轍（わだち）の幅や字体を統一した。さらに印章の名称や使用方法などでも厳格な規則を制定した。漢代の印章は秦の印章を発展させたもので、雄渾かつ重厚であり、後世の模範となった。

印章文化が民間にも広まると、私印が登場した。後世の文人はさらに中国の書道や絵画を結びつけ、個性が強い印章を作り出した。印章は漢字芸術と深く結びついた。文人と刻印職人は自分の美的情緒や気韻風骨のすべてを小さな1つの印章の中に溶け込ませた。ここに中国の独特な印章文化が形成された。印章には素朴、正直、高潔などの東洋の美学と哲学思想が盛り込まれた。

現在の日本の「はんこ文化」は平和で安定していた江戸時代に出現

考古学の研究によると、日本の印章文化の起源は中国の漢賜金印だ。「後漢書・東夷列伝」には、「建武中元二年（西暦57年）、倭奴国が貢物を奉じて参賀した。使者は自らを大夫と称した。光武帝（在位：西暦25－27年）は印綬を下賜した」と記されてる。日本では江戸時代になり、博多湾に浮かぶ志賀島で農作業中に、この記述と合致する金印が見つかった。多くの考証の結果、漢に与えられた金印である可能性が高いとされている。史書「三国志」にも魏の明帝が邪馬台王の卑弥呼に「金印紫綬褒章」を授けたとの記述がある。つまり、日本は遅くとも中国の後漢期（25－220年）には印章を持っていたことになる。

日本の印章の正確な起源については学界の考証を待たねばならないが、確実に言えることもある。日本の印章文化はその発展の過程で中国の強い影響を受け、その上で、長い歴史の過程の中で日本独自の風格や習慣が形成されたことだ。

日本で正式に官印が使われるようになったのは、645年の大化の改新によってだ。さらに大宝律令の制定（701年）とともに、日本には中国式の官印制度が全面的に導入された。江戸時代に入ると、印章が日本の民間で広く使われるようになった。日本では1653年に日本に渡った独立性易（どくりゅう しょうえき）と1676年に日本に渡った東皐心越（とうこうしんえつ）の黄檗宗の禅僧2人が、日本における篆刻（てんこく）の開祖とされて崇拝されるようになった。この2人は書にも優れ、深い学識があった。

江戸時代の日本は比較的平和で安定ししていた。人々はより高いレベルの精神性を追求するようになった。そして、自分独自の印章を求める人が増えていった。庶民化と世俗化が発生して、印章は民衆の芸術表現の手段になり、同時に日常生活の道具になった。

日本社会には今も日本社会に印鑑文化が息づいている。日本で日常生活の中で個人が使用する印鑑は大きく3つに分類される。まずは自治体に登録する「実印」で、法的効力が強い、次に、銀行などの金融機関で使われる「銀行印」がある。3つ目は「認め印」で、書類に対する同意や既読であることを示す。また、書類の修正個所に押して、自分自身が修正したものであることを証明する小型の「訂正印」もある。中国では最近になり、旅行先で記念のためのスタンプを押すことが人気だが、これは日本の印章文化が逆輸入されたものだ。

中国と日本は一衣帯水の近隣で、文化が通じ合い、深い歴史的なつながりがある。中日の印章文化はいずれも漢字文化に根差したもので、漢字に対する尊重と愛着を体現している。同時に、それぞれの風土と人情と美的情緒を反映している。中日の印章文化にはそれぞれ美しさがあり、それぞれに長所がある。また、両国それぞれの印章製作者の知恵が込められている。相互交流と相互学習を強化し、伝統を継承した上で革新を続け、さらに東洋の印章と篆刻芸術をさらに世界に広め、漢字の美しさと印章の風格を共に語るべきだ。これは、中日のその他の分野での交流と同様の方向性だ。印章は交流のための一つの窓でであり、われわれは印章を通して、より広い精神世界の知見を得ることができる。（構成 / 如月隼人）