吉田陽介 2023年7月12日(水) 7時30分
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第14期全国政協経済委員会の寧副主任は今後の中国経済について発言した。写真は南京市。
中国の今年第1四半期(1-3月)の国内総生産(GDP)成長率は4.5%で、3月に行われた全人代(全国人民代表大会)で発表された「政府活動報告」で掲げられた目標成長率5.5%には届かず、コロナ後の中国の経済回復はまだ本調子でないことを示している。
そのため、外国メディアは中国経済の先行きが不安だと伝えている。例えば、ドイツの金融系メディアは、「中国の景気回復のペースは一段と鈍化しているようで、今年後半に状況が好転するとの期待は急速に失われつつある」と悲観的見方を示した。
外国メディアの悲観論の根拠は、中国経済のけん引役となっていた不動産業界、インターネット業界の不振、コロナ禍による経済ダメージなどが挙げられる。特に、コロナ禍によって職を失った人は少なくなく、大学卒業生の就職も厳しくなっている。このことは、これまで経済成長の「エンジン」の一つといわれていた個人消費にも一定の影響をもたらした。
前出のドイツの経済メディアは、中国では1990年代の不動産バブル崩壊後に日本が経験した「失われた10年」に似た経済の長期停滞の状態に入っていると警告する声が増えているとした上で、「かなり長い期間、日本経済の年平均成長率はわずか1%だった。日本と比べると、北京は確かにより厳格な行政コントロール力を持っており、不動産価格の突然の調整や債務バブルの破裂を回避できるかもしれない。だが、タイムリーかつ効果的な行動を取らなければ、中国は徐々に日本と同じような結末に向かう可能性がある」と述べた。
中国政府は外国の経験をよく研究しており、日本のような状況になるとは考えにくいが、中国経済の減速が長期的になるのを食い止めるために適切な措置が必要なのは確かだ。
中国経済の現状は外国メディアのいうようにまずい状況なのだろうか。
中国国家統計局長を歴任した、第14期全国政協経済委員会の寧吉[吉吉]副主任は中国人民大学マクロ経済(CMF)フォーラムで今後の中国経済について発言し、その内容は同フォーラムの微信アカウントで公表された。
中国経済の現状について、寧氏は次のように述べた。
「中国経済のファンダメンタルズはまあまあといったところだが、いくつかの指標はやや変動している、ただここ2年のデータを見ると、全体的な状況はうまくいっているとはいえず、実際の指標と回復基調の見通しとの間には開きがある。全体的にいえば、わが国の経済発展、運営は依然として回復傾向にあり、連続して回復する態勢にある。」
ここで寧氏は「ファンダメンタルズはまあまあ」という言葉を使っている。中国の公的な文書には、「ファンダメンタルズが良好ということには変わりがない」という文言があり、現在の経済状況はあまり良くないが、回復の基盤はしっかりしているということを強調している。
ここで「まあまあ」という言葉が使われているというのは、経済が回復の途上にあるため、基盤がまだ力強いレベルにないことを示していると考えられる。
寧氏は経済回復の基盤について、消費、生産、マクロ指標から分析し、「われわれは今年のファンダメンタルズが連続的な回復基調を示していることに肯定的な見方だ」と述べた。
消費については、「感染症は主に飲食、宿泊、小売、旅客輸送、観光、文化娯楽など、人々の集合的・流動的消費に極めて大きな影響を与えた。感染症の予防・抑制政策が比較的早く転換された後、このような消費は速やかに反発すべきだ。もちろん現実には、消費は一部で予想されていたリベンジ的な伸びには及ばないものの、少なくとも力強い回復的な伸びを実現している」と述べ、コロナが落ち着いた後の大型連休である5月の労働節の連休で、リベンジ消費、特に旅行面での消費が伸びたことを挙げた。
生産面については、「サービス業の比較的早い回復が生産の伸びをけん引した。消費と生産の伸びはサービス業で同時に起こり、コロナ後の消費の回復はサービス業の発展を直接けん引した」と述べた。ここで、寧氏は「サービス業の発展が小売業の発展を牽引」し、「サービス業を主とし、農業の発展」のトレンドにあるとも述べた。第三次産業の経済発展への寄与率は50%を超えており、中国経済の回復にとって不可欠な要素となっている。
マクロ指標については、「全般的パフォーマンスは安定している」と述べ、経済成長率、物価指標、雇用指標、外国為替指標を例に挙げて説明した。
経済成長率について、寧氏は「第1四半期の経済成長率は4.5%で、米日など世界の主要経済体よりも先を行っている」とも述べ、世界レベルから見ればまだ高い水準にあることを強調した。
ただ、中国は発展レベルがアンバランスで、北京や上海などの大都市と農村地域では発展に開きがある。一定の成長率を確保しなければ、中国共産党が掲げる「社会主義現代化強国」の実現はおぼつかなくなる。そのため、5%前後の成長は現在の中国にとって必要だ。
物価指標について、寧氏は「1-5月の月平均の物価上昇率は0.8%で、5月は0.2%上昇した」として、物価高による経済への影響があまり大きくないとの見方を示した。
雇用指標について、寧氏は「都市部調査失業率は5月に2%まで低下し、1-5月の平均失業率は5.4%だった」と述べているが、長期的に低水準で推移できるかは、中国政府の掲げる「大衆による起業・革新」政策の力がどのくらい発揮できるかにかかっているだろう。
外国為替指標について、寧氏は「わが国の外貨準備高は3兆1000億ドルで安定し、外国為替の黒字は拡大し、輸出は基本的な増加を維持している」と述べ、対外的な経済活動は活発であることを強調した。中国のコロナ規制が緩和された直後、中国企業は海外へ注文を取りに行くなどして、外需の取り込みに努めており、その成果が出ていると考えられる。
以上のように、寧氏は中国経済回復の基盤はまだ強固とはいえないが、明るい要素が少なくないことを強調した。その一方で、「経済成長がまだ正常な区間(ゾーン)に入っていない」、「民間投資の回復が遅れている」、「ミクロの企業の生産経営が困難に陥っている」といった問題点を挙げており、第2四半期(4-6月)の経済回復に向けて効果的な措置を講じる必要性を示唆した。
措置を講じるにあたっての注意点について、寧氏は次の4点を述べた。
第一に、問題志向を堅持することだ。
寧氏は「経済生活の中に存在する実際の困難を方向性とし、マクロコントロールの方向を堅持し、マクロコントロールの重点を明確にし、マクロコントロールの度合いを強め、マクロコントロールのテンポを把握する。マクロコントロールの問題で最も重要なのは方向、重点、力強さとテンポだ」と述べた。やや抽象的で分かりにくい文言だ。一読しただけでは、よくわからないだろう。わかりやすく言えば、現在、成長率の鈍化など中国経済が直面している問題を、調整措置の方向性にするという意味だ。そして、具体的な問題の中で、どこを重点にし、どのくらい力を入れるかが重要だと寧氏は指摘している。
現在直面する問題は経済成長率だろう。これが第2四半期以降持ち直せば、雇用などの指標も改善してくるだろう。
第二に、マクロ調整の重点を明確にすることだ。
寧氏は「マクロコントロールの焦点は、経済回復のアンバランスの問題に対処することだ」とし、「マクロコントロールの重点は経済生活の中に存在する困難と問題に向け、ミクロの企業が実際の困難・問題を解決するのを助けなければならず、マクロ政策は自分で楽しみながらやるのではなく、ミクロの部分にまで実行され、ミクロの部分に反映できるようにしなければならない」と述べた。つまり、調整措置は、今起きている具体的問題、消費の回復のアンバランスや民間投資の不活発などの問題に焦点を絞って、具体的方策がミクロのレベルの経済主体にまで行き届くようにするということだ。この問題は、現在だけでなく、以前から存在する問題で、解決ができなければ、政府が人々の支持を得られなくなる。そのため、重点を決め、それがミクロレベルの経済主体にまで行き届くようにするのは重要だ。
第三に、マクロコントロールの度合いを強めることだ。
寧氏は「現在、世界経済の成長が鈍化しており、悲観的な期待の自己実現、緊縮効果の自己実現を防ぎ、経済がスパイラル的に収縮する状況の発生を防ぐため、マクロコントロールを強化していく必要がある」と述べた。
ここで「悲観的な期待」とあるが、つまり、市場や企業のマインドの悪化のことだ。中国政府は昨年12月に開かれた中央経済工作会議でも、「期待の安定」を今後の課題の一つに挙げた。期待(マインド)の改善は、マクロコントロール措置が力強いものとなることだ。これは市場に前向きなシグナルを発することができ、期待の改善にもつながる。6月16日に開かれた国務院常務委員会議では、「当面のマクロコントロールを強化する」と述べた。これは、中国政府が経済回復の本格化に向けて力強い措置を講じるというシグナルだ。
第四に、マクロコントロールのテンポを把握することだ。
寧氏は「マクロ政策を打ち出すのは早くても遅くてもよいが、今はもう6月だ。マクロ政策は早くても第3四半期(7-9月)に効果が発揮されなければならない。われわれはマクロコントロールのテンポをしっかり把握するために、打ち出されたマクロ政策ができるだけ早く末端や企業にまで実行されるようにしなければならない」と述べた。
ここで重要なのは「できるだけ早く」措置が打ち出されるということだ。寧氏も指摘しているように、打ち出された措置に効果が出るには一定の時間が必要だ。中国は国が大きいため、中央の政策が地方の末端にまで届くのは日本以上に時間がかかる。ただ、現在は経済政策も党の指導のもとで行うということになっているため、スピード感を持って政策措置を打ち出しやすい状況にある。
中国経済はまだ回復の途上にあるが、第2四半期以降の指標が改善するため、今後、中国政府はスピード感を持って、的を絞った措置を打ち出すと考えられる。その方向性、内容については、今後開かれる中国共産党中央政治局の会議などを見る必要があるだろう。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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