モンゴル民族と言えば、歴史上の騎馬軍団の影響なのか、「勇猛果敢」との印象を持ちやすい。しかし実際には、「憐れみの心」を強く持つ人が多い。彼ら・彼女らは、ことあるごとに「ホールヒー（かわいそうに）」という言葉を口にする。20世紀初頭に、モンゴル人が蚊の死骸を見つめてしみじみと「ホールヒー」とつぶやいたと、驚きを込めて記録した西洋人がいるほどだ。そんなモンゴル族の人々が官民を挙げて「ホールヒー」の心を実践した出来事があった。1960代初頭に、食料難で危機的状況に陥った中国南部の孤児を大量に引き取って養ったことだ。内モンゴル全体で孤児3000人を受け入れたとされる。中国メディアの中国新聞社はこのほど、孤児28人の世話をしたドギマさんを紹介する記事を発表した。以下は、原文に若干の補足説明を追加するなどで再構成した文章だ。

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やって来た28人の子を「孤児」とは言いたくなかった

80歳を過ぎたドギマさんは足がやや不自由だが、客が来れば必ず家の前に立って出迎え、「サインバイノー（こんにちは）」と心を込めてあいさつする。そして客を部屋に迎え入れ、モンゴル族伝統の乳製品を味わってもらう。ドギマさんは孤児28人を受け入れて世話をしたことがある。しかし「私のしたことは小さいのに、国は私のことを覚えてくれて、お返しにいろいろな栄誉をくれた」と謙虚に語る。

ドギマさん自分が獲得した各種の栄誉褒賞を自ら示すことはない。2019年に「人民の模範」という国家栄誉称号を授与された時には、娘のチャガーンチョローンさんに「目立つことはしないように」と念を押したほどだ。

しかし、ドギマさんには胸の内で誇れることがある。かつて世話をした28人の「上海の幼子」の成長を常に見守り、今も緊密なつながりを保っていることだ。

孫保衛さんは、ドギマさんが世話をした子の一人だ。ドギマさんの目には、もう64歳になった孫さんが「赤ちゃん」として映っている。「あなたが草原に来たばかりのころは、まだ1歳にもならず、とてもやせて弱かった」――。

ドギマさんはやってきた子のことを「赤ちゃん」と言っていた。「孤児」という言葉は使いたくなかった。実はドギマさんも孤児だった。4歳で父を、7歳で母を亡くし、叔母に育てられたからだ。ドギマさんの故郷は内モンゴル自治区のドルベド・ホショーだ。「ドルベド」とはモンゴル語で4を表す「ドロブ」から派生した言葉で、チンギス・ハン一族の4人の王子がこの地にいたことに由来する。中国語では「四王子旗」だ。「ホショー（旗）」は内モンゴルで使われる行政区画だ。

ドギマさんは小学6年生までしか学校で勉強しなかった。その後は牧畜の仕事をして、19歳だった1961年に地元の保育園の保育士になった。中国ではその時期、深刻な食料不足が発生していた。そして上海、江蘇、浙江などの孤児院が、危機的状況に直面していた。食糧の調達が困難だった一方で、生活が出来ないために子を放棄する親が多く発生していたからだ。

気の毒な存在には手を差し伸べずにいられない内モンゴル人の心意気

全国婦女連合会主席だった康克清氏は周恩来首相に、他の省から粉ミルクを取り寄せることを希望した。周首相は数十年来の革命の同志だった内モンゴル自治区政府のウランフ主席のことを思い出した。

作家のサレントヤさんによると、ウランフ主席がこの問題を内モンゴル自治区の共産党委員会にかけたところ、自治区の高官らは緊張の面持ちだったが、意見は一致した。「われわれが困難を引き受けよう。わずかに残っている粉ミルクをかき集めれば、上海の孤児院の子らが難関を乗り越えるのを助けられるかもしれない」との結論だった。

内モンゴル各地に粉ミルク拠出の要請が出された。そして回答が戻って来た。しかし確保可能だった量では「焼け石に水」だった。すると、内モンゴル自治区党委員会の当時のザヤタイ副書記が、あるアイデアを思いついた。ザヤタイ副書記は「車1台分の粉ミルクで、大きな効果が出せるのか。いつまで持ちこたえられるのか。むしろその孤児たちを内モンゴルに呼び寄せ、草原の牧畜民に育ててもらうべきだ」と主張した。

そして計画的かつ組織的な上海の孤児の救出作戦が始まった。内モンゴル各地の行政機関が輸送チームを迅速に結成し、上海に駆けつけて大量の孤児を受け入れた。それから3年間にわたり、上海その他の地方の孤児3000人余りが内モンゴルに引き取られた。

育児経験のないドギマさんが懸命に「28人の子育て」

ドギマさんの心には今も、19歳の時に当時の人民公社の幹部と一緒に自治区政府所在地のフフホトまで「上海の幼子」を迎えに行った時の光景が刻まれている。年上の子は5、6歳で小さな子はまだ2、3カ月だった。多かったのは2歳から4歳までの子だ。3、4歳なのにまだ歩けない子もいた。また、草原で育ったドギマさんは、一度にこれほど多くの子どもたちに会ったことがなかった。

ドギマさんは後になり、「親がいなくて、こんなに遠くに来た子どもたちを見て、私は心が落ち着かなくりました。私にはこの子どもたちの面倒を見る義務があると思いました」と回想した。まさに、弱い存在を目の前にした時に感じる、「ホールヒー」の心だった。

厳密に言えば、ドギマさんは、もう一人の保育士のトヤさんとともにこの28人の「上海の子」の世話をしたのであって、その期間も9カ月だけだった。しかし、まだ未婚で育児経験のないドギマさんが、これほどまでに多くの子の世話をするのは大変だった。

居住したのは「ゲル」というモンゴル民族の伝統的なテント式住居だ。ゲルの床は円形で、ドギマさんらは子どもを寝かせる時には寝床を円形に並べた。そして自分は中央で寝た。夜中に泣き出す子がいると、ドギマさんは手でその子の体をそっとたたいて安心させた。

「臨時ママ」を務めたドギマさんが最も難しいと感じたのは、子どもとの会話だった。当時は中国語が出来ず、子どもの名も覚えられなかった。そこで、色や形がとりどりのモンゴル式の衣装「デール」を縫って子どもたちに着せて見分けた。逆に子どもたちはモンゴル語が分からなかった。そこでドギマさんは、食事の時にはまず食器を取り出して子どもに示した。寝る時には枕を見せた。しばらくすると、子どもらは理解できるようになったという。

ドギマさんは9カ月の間に、母親とはどういう存在であるかを深く悟った。夜になり子どもたちが眠りにつくと、いつも子どもたちの将来の人生を考え、社会や国のために役立つ人になってくれるのかどうかと考え込んだという。

手配が整い、地元の牧畜民などが「上海の幼子」を養子として迎え入れることになった。ドギマさんにとって生涯の中で「最も受け入れがたい離別の苦しみ」だったという。

今も人々が安堵しているのは、28人の子が一人も、後に影響の残るような重い病気にならなかったことだ。ドギマさんが手厚く世話をしたおかげだ。当時の生活環境を考えれば奇跡に近いという。

ドギマさんのすばらしさを痛感し取材中に涙あふれる

習近平総書記は2021年の第13期全人代第4回会議で上京した内モンゴル代表団の審議に参加した際、「3000人の孤児が内モンゴルで養われた」という話題に言及した。そのことで、中国北部の草原での感動的な物語が、60年の歳月を経て再び注目されるようになった。

今もドルベド・ホショーに住むドギマさんは改めて中国新聞社の取材を受けた際に、「28人の『上海の幼子』とは一生の縁です。この特別な縁を大切にしています」と語った。同じく取材を受けた孫保衛さんは、「私には里親もいますが、今もドギマさんのことを『エージュ』と呼んでいます」と説明した。「エージュ」とはモンゴル語で「お母さん」という意味だ。ドギマさんは育てた28人の子を、全て自分の肉親と思っているという。

「上海の孤児」について細かく取材した作家の蒋雨含さんは、「上海から来た『孤児』らは皆、60年間以上も交流を続けてきたドギマさんとは、生涯で最も深い縁で結ばれていると考えている」と感慨深げに語った。

蒋さんはさらに、長い歳月が経過して多くの物事や人が過去のものになっても、ドギマさんがこの土地の大きな存在であり続けることに驚嘆している。今なお多くの人に「お母さん」と呼ばれ敬慕されていることがいかに偉大なことかと、胸を打たれるという。

蒋さんは、ドギマさんを取材したある日のことを忘れられない。ドギマさんは優しくほほ笑んで昔の話を続けた。ずっと穏やかな口調だった。時間がゆっくりと流れ、外から室内に差し込む日の影がゆっくりと動いていった。蒋さんは目の前にいる柔和なおばあさんが、若かった時から年老いた現在まで半世紀以上も時がゆっくりと流れる中で、自分の真心によって善とは何か、愛とは何かを示してきたのだと実感した。その瞬間に涙があふれ出たという。（構成 / 如月隼人）