中国新聞社 2023年12月2日(土) 13時0分
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中国では今年になり、日本で江戸時代から明治期にかけて著された唐代の詩を論じた12作を紹介する書物が出版された。中国人の専門家にとっても価値が高い内容という。
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日本では中国の古典詩や古典詩の様式で書かれた詩が「漢詩」と呼ばれる。漢詩に相当する中国語には「旧体詩」などがある。旧体詩は形式やさらに主に創作された時代などによって何種類かに分類される。中でも唐代に形式などが確立され、また盛んにつくられた詩は「唐詩」と呼ばれる。李白(701-762年)や杜甫(712-770年)などの有名な詩人の多くも、この唐詩の作り手だった。唐詩は日本などの周辺国の文化の形成に大きな影響を与えた点でも重要だ。上海師範大学教授で同大学唐詩研究所の主任でもある査清華氏はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、唐詩が中国周辺に伝播した状況と、その影響について説明した。以下は査教授の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。
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唐詩の研究は古典文学の中でも人気のある分野であり続けた。唐詩研究を「唐詩学」と名づけ、「唐詩学とは唐詩の創作、伝達、受容に関する学問である」と定義したのは古典文学研究者の陳伯海氏(1935年生まれ)だ。陳氏は、唐代以降の文人が唐詩を「民族の伝統の代表であり、詩歌芸術の模範であり、後世のためにも学ぶべきである」と見なしたことを重視した。
唐詩の構成への影響力の大きさは、誕生してから1000年余りの間になされた編集、鑑賞、評論、唐代の詩を模した詩作の膨大な量でも分かる。中国の関連書籍だけでも、陳伯海氏や朱易安氏が手掛けた「唐詩書目総録」には4000点以上が紹介されている。
日本では、藤原佐世が宇多天皇(在位867-931年)の命により勅編した「日本国見在書目録」という中国の文献の目録が、唐太宗、王勃、王維、李白、白居易など十数人の唐人の詩集を紹介している。日本の大典禅師(1719-1801年)による「全唐詩逸序」は、唐詩が日本に盛んに伝わった状況を描写している。8世紀末から9世紀初めには、杜甫の詩もすでに日本に伝えられていた。その後、宋代の「唐三体詩」、元代の「瀛奎律髄」、明代の「唐詩選」、清代の「唐宋詩醇」など、歴代の唐詩選本が相次いで伝わり、いずれも日本の文壇に大きな影響を与えた。
日本と朝鮮では、より幅広い人々が唐詩を読み、鑑賞し、創作方法を学ぶ努力が行われた。例えば、李氏朝鮮の成宗(在位1469-1945年)は柳允謙らに杜甫の詩の注釈本である「分類杜工部詩諺解」を書かせた。日本の服元喬(1683-1759年)は明代の李攀竜の「唐詩選」を元に、唐詩の解説書である「唐詩選国字解」を著した。日本では「唐詩選」に関連するさまざまな書籍が刊行され、唐詩の普及を大いに促進した。
「漢文化圏」の国で唐詩は常に基礎教育の重要な一部だった。例えば日本の寺子屋のような子ども相手の私塾でも唐詩は教材の一つになり、国民の素養を高める役割を果たした。
唐詩はまた、エリート層にとっても学びの手本だった。日本の天皇は唐人の文集を大切にし、推奨した。朝鮮王家もしばしば唐詩関連の書籍を編さんした。唐詩はさらに、文化改革の道しるべになった。例えば日本の江戸時代の広瀬淡窓(1782-1856年)は、当時の日本の詩人は趣味が低俗だと批判して、李白の飄逸さ、杜甫の沈鬱さ、王維(699-759年)、孟浩然(689-740年)、韋応物(736-791年ごろ)、柳宗元(773-819年)の清らかさや優美さを心に浸透させるべきと主張した。
それらにより、中国、日本、朝鮮の唐代以降の詩には、唐詩の影が見える作品が多い。例えば、日本の服元喬は唐の詩人の張若虚(660年ごろ-720年ごろ)作品である「春江花月夜」にある文句を使った。日本や朝鮮の歴史上の著名な文人は唐代の大詩人の名を挙げて絶賛した。
日本や朝鮮半島では唐詩が伝来して以降、中国語による詩作は唐代の風格によるもの、すなわち唐詩が中心になった。しかし唐詩ならば何でも模倣したわけではなく、各時期の学術や思潮の影響を受けて、主に学ぶ対象が定まった。例えば日本の平安時代の文人は主に白居易(772-846年)を学び、その後の時代の禅僧は唐代末の作品の影響を受けた。江戸時代初期の詩人は杜甫や韓愈(768-824年)を学び、その後の詩人は唐代中期の詩人を重視した。
朝鮮でも似た現象が発生し、各時代の詩人は自らの審美基準に基づいて、模範とする作品を選んだ。そして、多くの詩人が唐詩の引用をした。朝鮮の文人だった李睟光(1563-1628年)は、「近年の詩はあまりにも多くの詩を引用しており、ほとんど盗作だ」と批判し、唐代の詩を直接に学ぶことを提唱した。
私が数年をかけて編さんした「東亜唐詩選本叢書」は、今年になり第1期分が出版された。計10冊で、江戸時代から明治時代にかけての日本の学者が注釈や評釈した唐詩選本12作を選んで改めて整理したものだ。各選本には明快な理論の流れと学術上の統合性がある。作者はいずれも漢学に精通した日本の有名な儒学者や詩人で、彼らの思索には深みがあり、創作経験が豊富であり、しかも日本人であるために異地域の文化として唐詩を受け入れた点で中国人とは違った感覚もある。収録した作品はいずれも高い文献価値を持ち、「東亜唐詩選本叢書」の出版は唐詩の研究に新たな活力を吹き込むことになるはずだ。
「東アジア」はとは地理上の概念であると同時に、文化の概念でもある。中華文化が漢代から次々に周辺国に伝わり、このことで一つの「漢文化圏」が自然に形成された。これは東アジア各国の人々が互いに尊重し合い、学び合い、長所を取って短所を補ってきた歴史の結果だ。唐詩の伝来と普及が、東アジアの漢文化圏としての属性を強化したことは間違いない。そして、東アジアの唐詩学を研究するには、漢文文化圏の国に共通する唐詩を受け入れた伝統だけに注目するのではなく、異なる国のそれぞれの文化の個性が唐詩の意義を豊かにする独特な貢献をしてきたことにも注意せねばならない。
唐詩は漢文化という王冠の上で輝く真珠として、東アジアに文明の光を輝かせてきた。東アジアの各国は長い歴史を通じて、唐詩の影響の下で文化の奥深さ、文化の雰囲気と学びの経験を共有した上で、独自の文化を形成した。このことで、東アジア各国間の文化理解のために堅実な土壌が形成され、東アジア各国間の文化交流の一環として詩について意思疎通をする懸け橋が構築されることになった。それらのことが、今も唐詩が日韓で人気を集めている理由だ。唐詩の歴史と文明の力が東アジア各国の人々の感情の共感をさらに刺激し、それによって東アジア運命共同体の健全な発展を推進することを期待している。(構成 / 如月隼人)
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