南北間の決定的な溝、北朝鮮をこれからどう呼べばいいのか

北岡 裕    2024年1月20日(土) 16時0分

拡大

南北関係は過去最悪かつ新たな段階に入った。新年からそんな思いを強くしている。写真は南北首脳会談後の2001年に完成した祖国統一三大憲章記念塔(04年著者撮影)。金正恩総書記はこの撤去にも言及している。

南北関係は過去最悪かつ新たな段階に入った。新年からそんな思いを強くしている。可視できるものとして北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の相次ぐミサイル発射と5日の海上実弾射撃訓練があるが、可視できない部分において南北の分断はより大きい。

朝鮮中央通信は「朝鮮人民軍総参謀部の報道」と題して5日の海上実弾射撃訓練実施を伝えた。その記事は「民族、同族という概念はすでにわれわれの認識から削除された」と締めくくられている。

また、北朝鮮が韓国を大韓民国と呼ぶようになった。この事実にも愕然としている。かつて北朝鮮を訪れ韓国について触れる際、特に国名表現は実に繊細に厳しく、それはまるで風紀委員のように取り締まられた。訪朝団の中でも朝鮮語が話せない人や高齢の人が「韓国」と言っても許されるが、訪朝団の中でも相対的に若く、朝鮮語がある程度できる私には容赦がなかった。

もちろんこちらも気をつけて、滞在中は決して北朝鮮とは言わず「共和国」と言い、韓国とは言わず「南」や「南朝鮮」と言うようにしていたのだが、どうしてもぼろは出る。「韓国」と言った途端に「韓国ではありません!南朝鮮です!」という北側の担当者、案内員からの鋭い指摘が入る。「ハングル」と言うと「朝鮮(チョソン)グルです!」とまた指摘。韓国の韓の字は「ハン」と読む。「グル」は文字の意味だから、北側からするとハングルというのは「韓国の文字」と言われているようで面白くないというのだ。

北と南を行き来するのであれば、この機微を常に意識しなければならない。38度線を越えれば「偉大なる金正恩元帥様におかれましては」と言わねばならないし、共和国と呼ばねばならない。逆に韓国で「偉大なる金正恩元帥様におかれては」などと言ってしまうと、今度は国家保安法がむくむくと存在感を増してくる。

「南朝鮮です!」と鋭く指摘した北の案内員の言い分はこうだ。政治的、歴史的事情から、今はやむなく南北に分断されているが、南にいるのは同胞、同じ民族であり、米国の支配から離れ、近いうちに統一すべき相手だ。韓国などと呼ばれてしまっては、分断されているこの現状を追認するようなものではないか、というのだ。

そこにはもちろんこの分断の元凶となった日本人、私への怒りも含まれている。そもそもいったい誰がこのような状況を作り出したのだという怒りが「南朝鮮です!」という容赦ない指摘に含まれている。南北共に滞在中はこれくらいケンチャナヨ(大丈夫)だろ?といういい加減さで乗り切れるシーンは多々あるが、残念ながらこの場合は通用しない。

それを知るが故に、北朝鮮が大韓民国と言い出した時には耳を疑った。あれだけ鋭く指摘していたじゃないか、と驚いたのだ。さらに驚きは続く。昨年行われた第19回アジア競技大会のサッカー男子で韓国対北朝鮮の試合があった。それを中継する朝鮮中央テレビの字幕には「朝鮮対傀儡」と出ていた。目を疑った。

傀儡(かいらい)。広辞苑には「転じて、人の手先になって思いのままに動く者」と書かれている。韓国を米国の手先と痛烈に皮肉る表現だ。先日、アジア競技大会の北朝鮮チームに同行していた方に話を聞いたところ、期間中、南北の選手間の関係もすっかり冷え切っていて、あいさつや言葉を交わすことはほとんどなく、北側の選手も韓国チームを「傀儡」と呼ぶことが多かったそうだ。

金正恩総書記は最高人民会議第14期第10回会議で、「わが共和国が大韓民国は和解と統一の相手、同族であるという現実矛盾的な既成概念を完全に払拭して徹底的な他国に、最も敵対的な国家に規制した以上、独立的な社会主義国家としての朝鮮民主主義人民共和国の主権行使領域を合法的に正確に規定するための法律的対策を立てる必要がある」と述べた(朝鮮中央通信の16日報道)。憲法改正を行い、より不可逆的な対応をすることを示している。

さらに「憲法改正と共に『同族、同質関係としての北南朝鮮』『わが民族同士』『平和統一』などの象徴として映りかねない過去時代の残余物を処理するための実務的対策を適時に伴わせなければならない」とも述べた。

これまでにも南北間の緊張が高まった時期はあった。「ソウルは火の海になる」。1994年の板門店の南北政府代表会談で北朝鮮側から出た発言だ。だがその6年後の2000年に平壌で南北首脳会談が開かれた。南北関係は政権交代などを理由に短い期間でがらりと変わる。しかし今回の動きはこれまでと違う。当然、決定的な衝突は避けなければならないが、南はワンオブゼム、北にとって南は同胞のいる統一を志向すべき特別な国ではなく、世界にあまたある国の一つとみなす方向に動いている。それがこのまま不可逆的に固定化されることを懸念する。

私には訪朝時のルーチンがある。平壌へのトランジットの際、まだ中国にいることを確認した上で、北朝鮮の高麗航空の職員にこう問うのだ。「これから私は貴国、革命の首都平壌に赴くが、滞在中は朝鮮語で通そうと思っている。ところで金日成主席、金正日総書記、金正恩同志のことを現地で何と呼べば失礼がないのでしょうか」と。

2004年に会った中国・瀋陽の空港の男性職員は私の問いにぽかんとした後、愉快そうに笑いながら「金日成同志は首領様。金正日同志は将軍様で大丈夫ですよ」と教えてくれた。

残念ながら今、もう一つ質問を加えなければならないようだ。「ところで貴国に滞在中、隣の南の国のことをどう呼べば失礼がないのでしょうか」と。

■筆者プロフィール:北岡 裕

1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。

twitterはこちら

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

この記事のコメントを見る

ピックアップ



   

we`re

RecordChina

お問い合わせ

Record China・記事へのご意見・お問い合わせはこちら

お問い合わせ

業務提携

Record Chinaへの業務提携に関するお問い合わせはこちら

業務提携