吉田陽介 2024年4月2日(火) 16時30分
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中国政府は昨年中盤から景気浮揚のために一連の政策を打ち出している。写真は杭州の大型スーパー。
11日に閉幕した全国人民代表大会(全人大)の政府活動報告は、今年の経済成長率の政府目標を昨年同様5%前後に設定した。昨年の経済成長率は5.2%で、目標を達成したが、比較対象となるベースが低いため、この数字以上に回復していないという見方もある。今年はベースが異なるため、中国政府はさらに浮揚策を取る必要があろう。
中国政府は昨年中盤から景気浮揚のために一連の政策を打ち出している。中国政府がこれまで「成長のエンジン」と期待を寄せている個人消費の振興策も打ち出した。ただ、3年にわたるコロナ禍による経済停滞、不動産不況により、企業や消費マインドは以前より悪化している。明るい先行きを示すことが中国経済浮揚のカギであるとされた。
これについては中国政府も認識しているようで、政府活動報告は現在直面している問題を述べる部分で「成長期待が低い」ことを挙げた。
全人代で政府活動報告のほかに公表された計画報告は、消費面での課題について、「有効需要は依然として不足し、個人消費は低迷し、消費者マインドは弱い」と述べている。
例えば、20日に国家統計局が公表した16~24歳の失業率は15.3%に達し、消費拡大の主力とみられる若年層の雇用情勢は好ましくない。失業などに備えて、中国人が節約志向になっている面も否めない。
それゆえ、昨年12月に開かれた中央経済工作会議では「中国経済光明論」を広めるという文言が報道文に盛り込まれたのだ。
今年の政府活動報告は、中央経済工作会議の方針に基づき、政府が人々の必要とする政策を取ることによって、今後の中国経済に明るい見通しが持てるようにする中国経済光明論を具体的に示したものといえる。
全人代開幕当日の5日の中国中央テレビ(CCTV)の番組で、中国の専門家は「自信を持たせるもの」と評した。打ち出された措置の中で、やはり個人消費は重要なファクターになる。
政府活動報告が挙げた消費喚起措置は以下の通り。
1、新しい消費形態を大きく成長させ、デジタル消費、グリーン消費、ヘルスケア消費の喚起策を実施する。
2、スマートホームや文化娯楽観光、スポーツイベント、「国貨潮品(国産ブランドのトレンド商品)」など新たな消費市場を積極的に育成する。
3、従来の消費形態を維持・拡大し、下取り促進策を策定し、インテリジェント・コネクテッド新エネルギー車、電子製品など耐久財消費を後押しする。
4、高齢者介護、保育、家事代行などのサービスの規模拡大と質的向上を図り、民間による福祉サービスの提供を支援する。
5、消費環境を整え、消費促進年間キャンペーンを実施し、安心消費行動を行い、消費者の権利・利益の擁護を強化し、有給休暇の取得を促進する。
6、標準底上げ行動を実施し、質の高い発展の要請に見合った標準体系の構築を加速し、財・サービスの持続的な質的向上を推し進め、人民大衆の生活改善の需要をよりよく満たす。
デジタル消費やグリーン消費などの振興、有給休暇の活用などはこれまでも報告に盛り込まれていたが、今はやりの「国貨潮品」消費の振興にも言及した。
また、消費活性化キャンペーンを行うことで、人々の消費マインドを改善しようとしている。
「国貨潮品」消費が台頭してきたことは、民族主義傾向が強まったとみる向きもあるが、かつて中国が行った外国製品ボイコットとは性質が異なる。ボイコットは列強の帝国主義的政策への抗議の意味合いがあり、製品の品質よりもナショナリズムが前面に押し出されていた。
筆者の勤務先の大学でも中国の伝統的衣装を着て写真を撮っている学生を見かけるが、彼らから「外国製品を排除してやろう」というオーラは感じられない。現在の中国の若者は政治問題よりも個人の生活、自分の将来に関心がある。さらにいえば、現在はネットショッピングが発達し、珍しい物が手に入りやすい。そのため、良い物で価格が手頃であれば、どこの国のものかはさほど気にしない。「国貨潮品」はネット上で取り上げられていたため、若者は一つのブームに乗っているという感覚でいると筆者は考える。
また、サービス消費も消費拡大にとって重要な役割を果たす。ここでは、「高齢者介護、保育、家事代行」が挙げられているが、これらのサービスは共働きの家庭にとっては重要なものだ。現在は残業が常態化している企業もあり、若い会社員にとって家事は大きな負担となる。そのため、家事労働の一部を外に任せる「生活の社会化」が進んでいる。保育や介護もそうだが、家事代行サービスはサービスの質が悪く、信用できないというイメージがあった。家事代行サービスの発展については過去の報告でも言及されており、持続的なサービスの改善を図っている。さらに、元気な高齢者を対象にしたサービスや密かなブームになっているペット向けサービスも大きな市場になるだろう。
今回の全人代報告の消費関連政策で目を引いたのは下取り促進策だ。中国の個人消費の喚起というと、飲食や観光消費がクローズアップされるが、自動車や耐久消費財などの大型消費の喚起も重要だ。計画報告では「自動車や内装などの耐久財消費を安定させ、現地の実情に即して自動車取得制限政策を改善する」と大型消費の振興の必要性を説くとともに、「自動車や家電など従来の消費財の下取りを奨励し、耐久消費財の下取りを推し進める」とし、消費者が保有する耐久消費財を下取りすることで、新しいものに買い替えやすくするムードを作り上げようとしている。
6日に新華社が配信した「質の高い発展に焦点を当て経済の反転・上向き基調を固め強める 5部門の主要責任者が中国経済のホットな問題に答える」と題した記事は、消費喚起政策にも触れ、「あくまで市場を主とし、政策の支援と誘導を通じて、各方面の積極性を十分に引き出し、『古いものを捨てやすく、新しいものに買い替えたくなる』という有効な仕組みを形成する」という中国商務部幹部の話を引用した。
筆者が中国で留学生活を始めたばかりの2000年代初めは、電気製品などが壊れたら修理する人が多かった。筆者が日本で買った腕時計が止まったとき、中国人学生から学内の修理屋に行くといいとアドバイスされ、修理したことを覚えている。その後、徐々に「直すよりも買った方がいい」という考え方が出てきたためか、以前は街の至る所にいた修理屋も姿を消していった。今回の下取り・買い替え措置は「直すよりも買う」という動きに拍車をかけるものとなるだろう。
国務院の「大規模な設備更新と消費財買い替え・下取り推進行動プラン」が13日に発表されたが、新華社はこのプランの意義について、「大規模な設備更新と消費財買い替え・下取りを後押しすれば、先進的生産能力の割合の持続的引き上げを図って、質の高い耐久消費財をもっと多く住民の生活の中に普及させることができ、消費の促進、投資のけん引もできれば、先進的生産能力の増加、生産性の向上も図れ、さらに省エネ・炭素低減の促進、隠れた危険の軽減も図れる。企業を潤し、住民も利し、一挙両得といえる」と報じた。つまり、消費財の買い替えは「供給側」と「需要側」を刺激するのに役立つということだ。
周知のように、中国は2016年ごろから「供給側構造改革」を掲げ、生産能力の新旧交代を推し進めた。これは、企業が新たな設備投資を行うことによって、より質の高い製品を生み出すことを狙ったものだ。今回の全人代では、「新たな質の生産力」という概念が中国の公式メディアに登場したが、それは質の高い製品を生み出すための、環境に配慮した設備の導入を企業に促すものだ。その根底には消費者のニーズの高度化がある。13日に発表された「プラン」は、人々の買い替え需要の喚起を狙ったものだ。
このプランの消費活性化策は「人々のニーズの高度化→古い設備の更新→新たな設備投資→高度な製品への買い替え→消費の活性化」の図式になる。
以上、今回の全人代の文書で示された消費振興策について述べたが、それは市場を活性化させ、人々の多様化した、個別化したニーズを喚起するための「市場の手」だ。中国政府は金利を下げるなど金融面での緩和策を取り、企業の設備投資や人々の大型消費の活性化を図っている。
政府の「市場の手」の効果によって中国の景気が本格的に回復するか、企業の経済活動のパフォーマンスや政府の今後の対策を見る必要がある。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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