高野悠介 2024年5月8日(水) 7時30分
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中国のIT巨頭テンセントがトヨタとの戦略提携を発表した。写真はテンセント本社。
北京モーターショーが開幕した4月25日、中国IT巨頭テンセント(騰訊控股)とトヨタの戦略提携が発表され、伝統的自動車企業のブースで最も注目を集めるイベントとなった。今後、多様性と笑顔にあふれるモビリティーの未来を創造するという理念を追求していくという。両者の狙いを見てみよう。
テンセントはゲームソフトと国民的SNSの微信(WeChat)を看板とする中国IT界の巨頭で、コロナ禍前は世界時価総額ランキングトップ10に入り、アリババと中国トップを争っていた。優れた投資会社としても定評があり、数多くのベンチャー企業を育てた。日本企業ではKADOKAWAや楽天などに出資している。
最近ではバイトダンス(TikTokを運営)や拼多多(TEMUを運営)に話題をさらわれていたが、堅実経営を続けている。2023年の売上高は前年比10%増の6090億1500万元、純利益は同36%増の1576億8800万元だった。B2Bシフトを進めた結果、かつて売上高の3分の2を占めていたゲームが、23年には30%の1799億元にダウンした。代わりに金融テックや企業向けサービスが33%を占めて2038億元となり、今では創業時からの事業のゲームを上回る。
例えばクラウドコンピューティングのテンセント・クラウド(騰訊雲)は年間20%のペースで成長中だ。18年以降の研究開発費は2696億5400万元で、23年は640億7800万元に達した。研究開発の中心は大規模言語モデル「騰訊混元」で、テンセント系企業など400社がアクセスし、インテリジェントサービスを提供している。これとは別に、テンセント・クラウドを通じて技術を提供し、他社の大規模モデル構築もサポートしている。自社モデルでは20以上の業界、他社モデルとは50以上の業界と提携し、ソリューションを提供している。
モビリティー業界では、長安汽車、広州汽車、吉利、蔚莱、ボッシュ、T3など100社以上と提携関係を結んだ。
その一つ、長安汽車は中国を代表する自動車ブランドだ。外資合弁には長安フォードや長安マツダがある。
テンセントとの提携関係は17年、梧桐車聯という合弁会社設立に始まる。スマートコックピットを共同開発し、すでに長安汽車に110万台分を納入した。23年7月には戦略提携をさらに深化させる協定に署名し、提携範囲はスマートコックピット、電子地図、自動運転、企業のDX、そして海外にまで広がった。長安汽車は輸出を成長戦略の要としている。中国は23年に自動車491万台を輸出したが、長安汽車は35万8000台の4位と中途半端な位置にいる。東南アジア諸国連合(ASEAN)と欧州を重点地域と定め、30年までに100億ドルを投資する計画だ。
テンセント・クラウドは世界5大陸の26地域に100万台以上のサーバーを配置し、2800以上の高速ノード(結節点)を持つ。これはアジア最大のクラウドコンピューティングインフラだ。長安汽車はこれを利用して海外エコシステムを拡大し、中国本土と同様のユーザー体験を提供していく。こうした長城汽車との取り組みはトヨタとの提携の参考となるだろう。
テンセントは第一汽車とトヨタの合弁企業「一汽トヨタ」と提携していた。今回はトヨタ本体との戦略的提携に格上げする形となる。トヨタの「Mobility for ALL(誰もが自由に移動し、自分らしくいられる世界を目指して)」のさまざまな成果を達成するため、総合的な取り組みを行う。多様なモビリティーの未来を共同で創造し、顧客にパーソナライズされたユーザー体験を提供するという。
トヨタの世界戦略は昨年以来、電動化、スマート化、多様化の三つを重点とし、「継承と進化」をキーワードに事業変革を推進してきた。さらに、中国市場の発展速度に合わせ、現地での自主研究開発能力を強化する。「トヨタ自動車研究開発センター中国」を「トヨタ知能電動車(スマートEV)研究開発センター中国」に改称したのはその決意の表れだ。また、各国のエネルギー事情や生活環境に合わせ、EV、ハイブリッド、PHEV、燃料電池車を供給し、マルチパス(多経路)からカーボンニュートラルを目指す。
このマルチパスは基本理念として不変で、今後はEVとハイブリッドを均衡発展させた上でPHEVを強化する。
トヨタは今回の北京モーターショーで「bZ3C」と「鉑智3X」という強力な新型EVを発表した。いずれも最新の運転支援システムとスマートコックピットを搭載している。bZ3CはReboot(再起動)をキーコンセプトに、Z世代の若い顧客がリフレッシュできる生き生きした造形と自分だけの移動空間を創出する。鉑智3Xは「モバイルリビングルーム」をコンセプトに、やはり若い世代をターゲットに広く快適な空間を創出する。
トヨタはさらにコンセプトモデル「LF-ZC」も発表した。ソフトウェアをアップデートすることで機能や価値が変えられる「SDV(Software Defined Vehicle)」ソリューションを搭載した次世代モデルだ。テンセントはこれらにどのように絡むのだろうか。
中国メディアは、トヨタはテンセントとの提携によりインテリジェント改革における真の一歩を踏み出したとし、この提携はトヨタのAI技術重視、つまり不足の表れだと評した。そして、今後それぞれが学習、吸収、自己変革を通じて製品の革新性と競争力を高め、トヨタの中核競争力を向上させるだろうと結んだ。中国メディアでは「強強連合の実現」などとおおむね好意的な論評が多い。そしてそれには、「中国がまた自動車で成果を挙げた」「トヨタ相手に一本取った」という感情が潜んでいるように思える。テンセントにとってはB2B路線の総仕上げなのかもしれない。実際にはどのように進展していくのだろうか。自動車業界の新たな焦点になりそうだ。
■筆者プロフィール:高野悠介
1956年生まれ、早稲田大学教育学部卒。ユニー株(現パンパシフィック)青島事務所長、上海事務所長を歴任、中国貿易の経験は四半世紀以上。現在は中国人妻と愛知県駐在。最先端のOMO、共同購入、ライブEコマースなど、中国最新のB2Cビジネスと中国人家族について、ディ-プな情報を提供。著書:2001年「繊維王国上海」東京図書出版会、2004年「新・繊維王国青島」東京図書出版会、2007年「中国の人々の中で」新風舎、2014年「中国の一族の中で」Amazon Kindle。
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