<コラム>福州にあった日本領事館と福州神社を探して倉前山を歩く

福州は南京条約で開港場となり、閩河沿いの倉前山一帯にイギリス人が住み着くようになった。1844年にイギリス領事館が建設されると、他の列強各国も領事館や商館・学校・教会などを付近に建設、倉前山は外国人の居住区となった。

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