<日本で大成功した中国人>世界で日本人を最も多く雇用する正真正銘の「日本式社長」

Record China    2016年12月20日(火) 11時52分

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華僑団体の優秀なリーダーは、往々にして事業を成功させるだけの熱意と求心力と行動力を持つ人物である。勿論、今日の日本における四大華僑団体の一つである日本中華総商会の厳浩会長もそうした人物の中の筆頭である。

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<伝説>正真正銘の「日本式社長」

1988年、山梨大学で修士の学位を取得した厳浩は、やがて大きな選択をした。コンピューターから専攻を変え、東京大学医学統計専攻の博士課程研究生となったのである。これは間違いなく彼の人生の大きな方向転換となった。医学統計は日本ではまだ確立されたばかりの分野で、指導教授はこの分野の絶対的権威であった。厳浩はすぐに薬品会社が欲しがる「希有な人材」となった。日本の大きな薬品会社が次々にやってきて、医学統計プロジェクトを依頼したため、厳浩は多忙を極めた。時間が経つにつれ、彼の頭の中には「起業」という大胆なアイディアが浮かんできた。

当時、外国人が日本で起業することは非常に難しかった。日本は古い伝統文化を持ち、排外的である。外国人が日本で会社を経営することは大変なことである。厳浩は「日本で事業を起こすには、日本文化を理解する必要がある。日本文化の核心は強者に服従し、強者に学ぶことだ。一度自分が強大な優位性を持てば、日本文化の中の排他的な習慣を打破でき、尊敬してもらえる。この特性を『屈従文化』、つまり強者に屈し、強者に学ぶ日本独自の伝統文化と呼んでいる」と語る。

1991年5月、厳浩は友人たちと「エプス東京株式会社(のちにイー・ピー・エス株式会社と改称)」を設立した。日本文化を良く理解していた彼にとって対処しづらいことは殆どなく、日本のCRO業界のリーダー的存在にまで成長した。いわゆるCROとは、医薬品開発業務受託機関を指す。厳浩の会社は日本におけるCROの代表企業である、製薬会社の臨床試験業務のアウトソーシング(CRO)と医療機関に対する治験施設支援(SMO)などの業務を行っている。

1994年に請け負った厚生労働省の大型臨床試験プロジェクトが、イーピーエスにとって飛躍のきっかけとなった。当時は厚生労働省内で中国人がトップの会社に委託してもよいかどうか検討されたが、最終的には厳浩の会社が選ばれた。厳浩自身は、「厚生労働省の担当者たちはみな医学プロジェクトに携わっており、科学的な精度がプロジェクトの成功には最も重要であった。その点でわれわれが候補のなかで最も強く、誤差の範囲を最低限度内にコントロールすることができたので、ほかの要素は考慮しなかったのだろう。これはいわゆる日本の『屈従文化』の現れだ」と分析している。

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