<直言!日本と世界の未来>EU離脱でもめる英国の特殊事情=志向は「欧州大陸」より「米国・英連邦」?―立石信雄オムロン元会長

立石信雄    2019年2月10日(日) 5時30分

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英国の欧州連合(EU)からの離脱問題は、現実的な解決策を見いだせず混迷状態が続いている。離脱予定日の3月29日まであと1カ月半。「合意なき離脱」となれば、欧州及び世界経済への悪影響は必至だ。写真はロンドンのビッグベン。

英国の欧州連合(EU)からの離脱問題は、現実的な解決策を見いだせず混迷状態が続いている。離脱予定日の3月29日まであと1カ月半。「合意なき離脱」となれば、欧州及び世界経済への悪影響は必至であり、ひとまず離脱日の延期が混乱を回避する選択肢となると思う。

そもそもEUが誕生した経緯を思い起こしてもらいたい。ドイツとフランスは、鉄鉱石や石炭資源の多いルール地方など国境地帯の帰属をめぐり2度の大戦を戦い、おびただしい死傷者を出した。憎しみ合い戦火を交える愚かしさを繰り返さないよう、第2次大戦後の1953年、戦争の原因になった鉄鋼、石炭を共同管理することを目的につくられたのが欧州石炭鉄鋼共同体だ。この共同体を核に「戦争のない地域づくり」を目指して58年に欧州経済共同体(EEC)が発足。さらに農業政策や通商政策も共通化、欧州共同体(EC)時代を経て1991年のマーストリヒト条約で再編・発展させたのが、現行の欧州連合(EU)である。当初6カ国だった加盟国は現在28カ国に拡大、世界的な大市場に発展した。なお近くマケドニアのEU加盟問題が検討される見通しだ。

拡大を続けてきたEUにとって、初めて経験する加盟国の離脱問題。英国にはEU内にとどまり、自由と多様性を重んじる“理想連合”を主導してほしかっただけに残念だ。

そもそも英国のEU離脱が決まった国民投票(16年6月)は、「巨額の分担金が戻る」など誤った「いいとこ取り」情報を基に、熱狂的な雰囲気の中で実施された。偏狭なナショナリズムが背景にあったが、今「離脱」の経済的な弊害が噴出しつつある。

日本をはじめ世界各国から英国への投資が活発なのはEUに加盟が前提となっている。日本の英国進出企業は現在1000社以上。いずれもEU共通市場が狙いで、EU市場への輸出に課税されることになれば、英国で生産している工場は撤退を余儀なくされる。このまま完全離脱になれば、世界一を誇る金融街「シティ」もやがて寂れてしまう懸念がある。

1980年代に、英国は日産自動車、トヨタホンダやNEC、ソニー、松下電器産業(現パナソニック)など多くの日本企業工場を誘致した。筆者は立石電機(現オムロン)の海外担当として英国での拠点づくりにも度々英国に出張した。サッチャー首相が「日本の優秀な技術を導入することにより産業を再生したい」と熱っぽく語っていたのが印象に残っている。日本企業にとっては欧州共通市場への輸出関税「ゼロ」が魅力だったのは言うまでもない。

英国に進出している日本企業は、英国が合意なき離脱に追い込まれ、欧州大陸共通市場の恩恵を受けられなくなるリスクを回避するため、英国での生産からの撤退や縮小、他のEU加盟国への移転などの検討を迫られている。実際に計画の実施を余儀なくされた場合、そのコストは莫大なものになってしまう。

英国はイングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドからなる連合王国。エディンバラはじめ美しい都市景観と自然に恵まれ何回訪れても飽きることはない。世界を制覇した大英帝国(グレートブリテン)の伝統と誇りをいまだに保持している。米国、カナダ、オーストラリアをはじめ英語圏諸国をつくったと自負している。ドイツやフランスから帰ってきたイギリス人の友人が「ヨーロッパに行ってきた」と言ったので「イギリスはヨーロッパではないのか?」と問い返したところ、「ヨーロッパは大陸のこと。英国はグレートブリテンだ」と怪訝な顔をされたことを覚えている。

英国国内には大陸諸国より、インド、カナダ、オーストラリアなど旧植民地約50カ国からなる英連邦(コモンウェルズ)を重視する傾向さえあるようだ。英国の祖先がつくった米国とは「世界で最も強い同盟関係」を結び、実際、第一次、二次大戦とも米国とともに勝利した歴史もある。

一般市民はもちろんロンドンなどの大都市でグローバルな経済活動をしている人たちの中にも、深層心理には「米国と欧州大陸と等距離にある」との思いがあるようだ。実際、英国はEU加盟も西欧主要国では最後になったし、共通通貨のユーロにも加盟していない。こうした“心理”や“歴史的経緯”がこの問題の背景となっている。

英政府は無秩序な離脱に突入するリスクを避けたうえで、EU側と的確な着地の方法を探ってほしい。英政府と議会は歴史的に現実的に対応することで世界の評価を得て来た。今回も持ち前の粘り腰を見せてほしいものだ。英国の伝統「現実主義」に立ち返って、もう一度国民投票をやり直すのがベストであろう。

<直言篇80>

■筆者プロフィール:立石信雄

1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。

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