障がい者の生活や就労を支える社会福祉施設「太陽の家」(大分県別府市)は、10月で開所から55年になる。障がい者の社会復帰と自立に一生をかけた創設者、中村裕医師(1927~84)の足跡を振り返る新たな歴史資料館「太陽ミュージアム~No Charity、but a Chance!~」が、7月にこの施設内にオープン。中村医師が訴え続けた「保護より機会を」の理念が英文で施設名に盛り込まれた――。
新設された「太陽ミュージアム~No Charity、but a Chance!~」の展示室には、中村医師ゆかりの品々が並ぶ。初期の屋内用電動車いす、車いすユーザーも扱いやすいオフセット印刷機などだ。それに続く壁面パネルを見れば法人の歩みを時系列で知ることができる。「日本の障がい者スポーツの父」と呼ばれる中村医師にちなみ、車いすレーサーやバスケットボール用車いすに乗り、パラ種目の球技「ボッチャ」を試せるコートもある。屋外には段差や傾斜、凹凸のある路面を車いすで進む難しさを体感できるゾーンも設けられた。
1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。SAM「The Taylor Key Award」受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。
■筆者プロフィール:立石信雄
1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。エッセイスト。
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