なぜ「期限切れ肉」問題は起きたのか?中国食品安全法が機能しない理由とは

Record China    2014年8月4日(月) 19時4分

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中国の期限切れ肉問題が注目を集めている。メラミン汚染粉ミルク、下水油、痩肉精、染色マントウ……次から次に食品安全問題があふれでてくる中国において期限切れ原料の使用などそう珍しい話ではない。写真は中国浙江省の屋台。

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中国の期限切れ肉問題が注目を集めている。メラミン汚染粉ミルク、下水油、痩肉精、染色マントウ……次から次に食品安全問題があふれでてくる中国において期限切れ原料の使用などそう珍しい話ではない。ポイントはマクドナルドやケンタッキーなど安全管理が厳しい国際的大企業が被害を受けたことだ。そして監督官庁の検査でもなければ健康被害を受けた消費者の訴えでもなく、メディアの潜入取材によって摘発されたという点も驚きだ。

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後者について考えてみた時、中国の法律の不備が浮かび上がる。中国には食品安全法という立派な名前の法律がある。しかしその実態は穴だらけだ。その背景には法律そのものの不備だけではなく、中国の政治体制が抱える病が透けて見える。

■誰が食品安全行政の責を負うのか?多頭管理の弊害

中国の食品安全に関する法律は1953年に公布された「食品衛生管理試行条例」と「食品衛生管理条例」に始まる。その後、1982年に「食品衛生法(試行)」が公布され、1995年には「国民の身体の健康を保障し、国民の体質を増強する」ことを目的に食品衛生法が公布、施行された。2008年のメラミン粉ミルク事件もあり、より強い「食品安全」を求める声に応えて、食品衛生法は廃止され、新たに食品安全法が2009年6月1日に施行された。

だがこの食品安全法、問題点が多いと中国の学界から指摘されている。第一に管轄部局の問題だ。国務院食品安全委員会が食品安全行政の頂点だが、輸出入検査以外の実務は地方の機関が担当する。ただそこは広い中国のこと、地方ごとに規制がばらばらで統一的な監督ができず効率が悪いと指摘されている(1)。

さらに監督体制が分業化されていることも問題だ(2)。食品安全法第77条は衛生行政、農業行政、質量監督、工商行政管理、食品薬品監督管理部門などが責を負うと規定しているが、多頭管理によって最終的な責任がどの部局にあるかがあいまいになっている。しかも質量監督、工商行政管理、食品薬品監督管理部門は食品安全専門ではなく、その他の業務をやる片手間に食品安全の業務を行っていることも指摘されている(3)。

■声をあげられない消費者

次に消費者の問題がある。食品安全法第10条では全ての組織または個人に「本法違反行為に対し通報する権利」を認めている。認めてはいるのだが、どうやってその権利を行使するのかは不明だ。日本ならば消費者センターという窓口があるのだが、中国では消費者庁に相当する行政機関すら存在しない。一応、「消費者協会」という代物もあるが、サービスの社会的監督をするのみで、その判断には法的拘束力すらない(4)。

こうした状況で個人が通報できるのか、したとしてもどれだけの力を持つのかははなはだ疑問だ。

■「日本の食品安全法制は素晴らしい」中国の評価

中国では日本の食品安全法制が高く評価されている。リスク評価機関やリスク管理機関を設置していること、食品、添加物、容器包装、表示広告に関する具体的取り決め、専門職員の任用条件などについて明確に規定していることが評価ポイントだ(5)。

また今回のナゲット問題は鶏肉が問題だったわけだが、中国では主として「食品安全法」とわずかの関係法のみしかないのに対し、日本では「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」(1990年公布・施行)などきめ細かな法整備がされていることも評価されている。裏返せば大づかみの法律しかないのが中国の欠点というわけだ。

■法の不備を繕う中国

中国も食品安全法の不備を理解しており、2013年6月から食品安全法の厳格化を目指した改正案が作成されている。現在、草案が完成し意見公募(パブリックコメント募集)の最中である(2014年7月31日まで)。改定案の基本方針は以下の通り(6)。

(一)リスク防止のために予防を強化する法律制度にする、(二)厳格な管理監督制度の創設、(三)厳格な法律責任制度の創設、(四)消費者、業界、メディアなどの監督作用との連携。

基本方針を見る限り新法は厳罰化で食品安全問題に対応しようとしていることが分かる。だがこれでは根本的な改善は難しい。「刑法を厳格化すれば犯罪はなくなる」などということはありえない。消費者やメディアと連携というかけ声は勇ましくとも、消費者の通報を受け付けるシステムはないし、メディアは権力の統制下にある。

■中国食品安全問題、解決に必要なキーは「民主化」

結局のところ厳罰化しようがしまいが、問題は国民が自発的に遵守するかいなかにかかっている。そのキーは「民主化」だ(7)。

「民主化」されるからこそ、議会が国民の信託を受けた機関となり、そこで作られた法律も「国民の総意の産物」となる。すると法律に「国民全員で作り出したものなんだから、その国内では守らなければならない」という正統性と、「みんなで作ったんだから、守らなければならない」という国民意識が生まれる(全員がそうは思わなくても、そういう思想が生まれやすい環境になる)。

逆に民主化が達成されていない国の法律は「政府が一方的に作ったもの」であり、「なぜ政府が勝手に作成したものに国民が拘束されるのか。政府は悪法を生み出さないのか」という問いかけに満足な回答をすることができない。そうなれば「当局にばれず、罰則を受けなければ問題ない」と負のスパイラルに陥ってしまう。

中国政府もその問題をよく理解している。「民主化」はできないが、その代わりに「国民も法作成に携わっている」感を演出するため、意見公募を始めている(食品安全法の改正案も意見公募の対象となっていることは前述した)。しかし全ての法律で意見公募があるわけでもないし、集められた意見が生かされる保障もない。「民主化」による「法作成への国民の参加」とは程遠い。

法の正統性が確保されない現状では、消費者もあきらめの念を抱いているようだ。公害訴訟では被害に遭っても提訴しない人が多い。「訴えてもどうしようもない」と司法に対する諦め、「(政府という)自分の父親を殴れない」という気持ちがあるからだという(8)。中国の大手企業の多くは国有企業であり政府と太いパイプを持っている。司法の独立も確保されていない国では形式的に国家賠償訴訟となるような訴訟で「勝訴」を取れることが難しいことは想像に難くない。公害訴訟同様、食品問題でも提訴をためらう人が多いだろう。

ここまで中国の食品安全を法的な視点から見てきた。現行食品安全法の不備、そして改定案も根本的な解決とはならないことは明らかだ。民主化のような大改革でも起きない限り、中国の食品問題は解決しないのではないか。

(1)季東坡=南石晃明「中国における食品安全行政の新局面及びその課題―国務院機構改革と日本の経験―」『九大農学芸誌』(68巻2号)43頁。

(2)肖艶輝=劉亮「我国食品安全監管体制研究―兼評我国《食品安全法》」『太平洋学報』(2009年11期)5頁。李震海「浅析《食品安全法》的亮点及不足」『中国衛生監督雑誌』(2009年6期)548頁。

(3)李震海・前掲註(3)549頁。

(4)季東坡=南石晃明・前掲註(1)43頁。

(5)汪江連「論日本《食品安全法》制度変遷及対完善我国食品安全法的借鑑意義」『河南省政法管理幹部学院学報』(2006年3期)40頁。

(6) 「中華人民共和国食品安全法(修訂草案)征求意見」(中国食品科技網ホームページ)

(7)季衛東「中国の法治はいずこに向かうのか」『中国21』(35号)28〜29頁。

(8)櫻井次郎「寺田論文との対話―環境法の視点から」寺田浩明=王晨[ほか]『中国における非ルール型法のゆくえ』北海道大学大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター(電子出版)、2014年、56頁。

◆執筆者プロフィール:高橋孝治(たかはし・こうじ)

日本文化大学卒業。法政大学大学院・放送大学大学院修了。中国法の魅力に取り憑かれ、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学 刑事司法学院 博士課程在学中。特定社会保険労務士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師、民事執行師。※法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」)、民事執行師は中国政府認定の法律家(試験事務局いわく初の外国人合格とのこと)。『Whenever北京《城市漫歩》北京日文版増刊』にて「理論から見る中国ビジネス法」連載中。ブログ「中国労務事情」を運営。

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